断片小説 田舎暮らし
斉藤は、定年退職も間近だというのに田舎暮らしの道を選んだ。
独身で家族も居ない斉藤にとって、それは理想的で極楽のような自由な老後の生活に思われたからだ。

最初のうちは、浮かれた観光気分で楽しい毎日であった。
空気はきれいで、景色も都会のそれとは比べ物にならないくらい美しい。
原住民も、最初はものめずらしく愛想よく挨拶もしてくれていた。
しかし、斉藤の夢はしだいに崩れ始めていった。

都会では、金さえ払えば豊富な水道と言う名の「水」が手に入る。
しかし、ここでは水の利権というものがからんでくるのだ。
都会の水よりも高額な自然水を使わなければ、日々の生活にも困る。
タダで沢の水でも引いてくれば良いものだと高をくくっていた斉藤は落胆した。

そして田舎には全員参加の行事が毎週のようにあった。
のんびり暮らそうと算段していた彼は、もうこの時点で心が疲れ始めてた。
これらの行事には斉藤には想像もつかないような手順があり、これを憶えるだけでも一苦労である。
また神社や祭りの寄付で、不条理な金がどんどん出て行く。

さらに斉藤に田舎脱出を決意させた出来事は、村長の選挙戦であった。
人口も少ない過疎化が進む村だというのに、対立候補が3人も出馬してしまったのだ。
村に建設予定のリゾートホテルに関わる、賛成反対中立の3候補である。
斉藤のところに連日のように3候補の関係者が訪れ、斉藤を悩ませる。
各候補の選挙事務所に出てくれと言う催促の電話が、朝からひっきりなしに鳴り続ける。
全部の候補に愛想よくすれば「裏切り者」呼ばわりされる。
どこの候補の事務所にも顔を出さなければ「村八分」である。
一人の候補を応援すれば、反対派の村人から嫌がらせを受ける。
これはもう地獄であった。

斉藤は、この選挙の期間中に、この村を逃げ出した。

今斉藤は、都会の安アパートの一室で自由を謳歌している。
蛇口をひねれば安価な水が溢れんばかりに流れ出てくる。
また、隣に誰が住んでいようがかかわりを持たない都会では、無駄な気づかれは無用であった。
半ば強制的に開かれる村の行事とも無縁であり、選挙に誰を投票しようが生活を脅かされることもない。
斉藤は遠くから救急車のサイレンが聞こえるアパートで、ビルの間の夕日を眺めながらつぶやいた。
「平和だな・・・」  
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