記憶屋ジャック

「ほう、連続女性殺人犯がつかまったのか・・」
記憶屋のジャックは、薄暗い店の奥で新聞を見ながらコーヒーを飲んでいる。
ジャックの商売は、記憶屋という商売だ。

記憶屋は、他人の記憶を売買する商売である。
違法な仕事なのだが、需要が多くあるため、こんな場末のビルで店を出している。
記憶は、ジャックのような記憶屋の特殊な技術によって液体のような物質に還元される。
極細い針を脳に刺し、そこから脳の記憶中枢を刺激し、記憶を吸い取るのだ。
液体に還元された人間の記憶は、色々な色の液体になって瓶の中につめられて売られている。
それら楽しい記憶や悲しい記憶は、色とりどりの瓶につめられ、店の棚いっぱいに並べられていた。

楽しい記憶や快楽を伴う記憶は、高額で売買される。
誰も楽しい記憶など手放したくはないだろうと思うだろうが、そのような記憶を金に変えたい連中も大勢いることもたしかだ。
また、辛い記憶や悲しい記憶を吸い取ってもらいたい人々も大勢いいる。
そんな人たちは、大金をはたいて記憶屋で辛い記憶を消してもらう。

違法だといったのは、他人の記憶は危険でもあるからだ。
他人の記憶を飲むことによって、努力無しに高度な知識を得たり、快楽やスリルを味わったりすることが可能ではある。
しかし、他人の記憶には中毒性があり、他人の記憶を飲みすぎた場合など、自分の記憶か他人の記憶かが分からなくなり、人格が崩壊することある。
そんな危険な薬であるにもかかわらず記憶屋が繁盛しているのは、自分の経験だけでは満足できない人間の業のようなものだろうか。
ある意味、不幸な人間がこの世界には多すぎるともいえるだろう。

「俺がこんな仕事してるのも、不幸な奴がいっぱいいるからさ・・・」
ジャックは、殺人犯逮捕のニュースなど直ぐに忘れ、記憶の調合に勤しんでいる。
記憶液の調合は芸術的センスが要求される。
微妙な色のニュアンスが、記憶の刺激を彩るのだ。
楽しい記憶には、微量な悲しみの記憶を数滴混ぜ込む。
そうすることによって、楽しい記憶がより楽しくなり、記憶のリアリティが倍増するのである。
香水の中に、微量の便の匂いを混合させるのと同じ法則だ。

悲しい記憶ばかり飲む人々もいる。
悲しみ中毒という奴だ。
心に深い傷を負った人々は、幸福になることを極度に恐れ、悲しみの記憶を飲み続ける。
金持ちは、金に飽かして快楽の記憶や楽しい記憶を飲み続ける。
そんな連中は、本当の幸福などとうの昔に忘れしまった奴らだ。

ジャックは、調合した記憶液を瓶につめ、店の棚に並べた。
その時、店のドアを乱暴に開け、よれた皺だらけコートを着た男が突然入ってきた。
「ジャックというのは、あんたか?」
男はぶっきらぼうにジャックに言った。
「ああぁ、そうだけど、あんた誰だい!」
ジャックも負けずにぶっきらぼうに答えた。
「おれか、おれは刑事だ!」
そう言いながら、その男は警察手帳をジャックの目の前に見せた。
「刑事さんか・・・・」ジャックは、無表情に答える。
「ちょっと聞きたい事があるんだが」半分になったタバコに火をつけながら刑事が言う。
「どんなことだい」ジャックは無愛想に言う。

「あんた記憶屋だろう・・・記憶の売買は違法だと知ってるな」刑事が嫌みったらしく言った。
「世の中不幸な奴が多すぎる、記憶屋は必要悪ってやつさ!」強気でジャックが言う。
続けてジャックが言った。
「政治家も、警察の上の連中も、その奥さんたちも、ここのお得意さんだぜっ・・・」
刑事が、タバコの煙にむせながら言った。
「・・・まぁ、今日は記憶薬の取締りってわけじゃぁないんだが・・・」

薄暗い店内に、タバコの薄紫の煙が、切れかけの蛍光灯の下をユラユラと漂っていた。
刑事とジャックの沈黙が気まずさを通り越して、緊張感になっていく。

「最近、この男が店に来なかったかい・・」
刑事がジャックに写真を見せた。
「だれだい、こいつ」
ジャックが写真を見ながら無愛想に言う。
「こいつは、連続女性殺人の犯人とされてる奴さ」
と言う刑事は、ほとんどフィルターだけになったタバコにも気づかない。

「記憶に無いねぇ・・」ジャックが言う。
「記憶屋に記憶がないってか」刑事が苦笑いをして言った。
「奴は、自分が犯人だと言って自首してきたんだが、俺は奴じゃないと睨んでいる」刑事が言う。
「自首してきた奴だろう・・そいつが犯人じゃないのかい?」ジャックが答える。
「自白した殺人の状況も一致しているし、死体も場所もそいつの言った場所に埋めてあった・・」刑事が言う。
「じゃ、間違いないね、そいつだよ、殺人犯は!」ジャックが強く言った。
「こいつは、長年やってきた刑事のカンってやつだが」
そう言いながら、刑事は新しいタバコを口にくわえ、火をつけた。
「カンなんて、あたったためしがないな・・」
ジャックが煙い顔をしながら言う。

「喉が渇いたな・・刑事さんもコーヒー飲まないか?」
ジャックが、店の奥にあったコーヒーメーカーのポットを持ってきて、カップに注いでいる。
「いただこう・・」
刑事が、タバコの火を消しながら、ジャックからコーヒーの入ったカップを貰った。
店の中は、タバコとコーヒーの匂いが咽るように充満している。
グビッとコーヒーを一口飲んだ刑事が言った。
「美味いコーヒーだな・・・」
「特別な高いコーヒーだからさ!」ジャックが言う。
「よほど儲かっているとみえる」
グビグビとカップからコーヒーを飲みながら刑事が嫌味っぽく言った。
「あんたも刑事なんか辞めちゃいなよ!」
ジャックが言った。
刑事の手がプルプルと震えている。
「なんか悪寒がするな、風邪でもひいたか・・」
刑事が言うが早いか、床にドカッ」と倒れこんだ。

「高級なコーヒーなんだよ、それは!」
床に倒れた刑事を見ながらジャックつぶやく。
「そのコーヒーには連続殺人犯の記憶液がタップリ入ってるからな。
人殺しの記憶の入ったコーヒーは美味いだろう・・・」
「あんたはやってもいない殺人の罪悪感で、一生苦しむかもな・・・」
ジャックは、不気味に微笑んだ。

連続殺人の真犯人はジャック!
自分で自分の殺人の記憶を消し、犯人が自分であることも気づかない。
そして吸い取った記憶液を他人に飲ませ、そいつを犯人に仕立て上げる巧妙な罠。
今日もジャックは、穏やかな気分で記憶液を調合している。

TOP
昭和青春画報
昭和怪人夜話
異世界千一夜
戯言エッセイ
岐阜ネタ
昭和画報壁紙
LINK
※誤字脱字アリマス!
TOP 昭和青春画報 昭和怪人夜話 異世界千一夜 戯言エッセイ 岐阜ネタ LINK
Copyright (C) SyouwaGahou. All Rights Reserved.