昭和の幻聴

時折、昭和の時間がこびりついた様な音と言うものが聞こえてくることがある。
細い路地裏を歩いているとき、ふいに遠くから豆腐屋のラッパのような音色が聞こえてくるような瞬間がある。
物思いに耽っている深夜のとき、静かな闇の中に彼方から響く蒸気機関車の汽笛の遠吠えと、枕木を叩く車輪のガタンゴトンというリズム音。
夕暮れ時に誰もいない公園を通り過ぎたときに、唐突に聞こえてくる居もしない大勢の遊ぶ子供たちの笑い声。
それらは男の耳にしか聞こえないかもしれない昭和の幻聴だった。
近頃頻繁に聞こえるこの幻聴は、男の心の中にだけ響いているのだろうか。
男は、この幻聴が聞こえてくるのを楽しみにしている風でもあった。
「あの頃は、毎日が楽しかったなぁ・・・」
男は心の中で、言葉になる以前の言葉でつぶやいている。

男がふと空を見上げると、ありもしない複葉機のプロペラのパラパラという音が聞こえてきた。
飛行機は、空のどこにも見当たりはしなかった。
「また、幻聴か・・」
男は少し楽しい気分になり、微笑んだ。
また、彼方からかすかに聞こえてくる複葉機のエンジン音。
それを見上げた男の顔に、夕焼けになりかけた日の光があたっている。
まぶしい光をさえぎるように額に手をかざし、音のする方角を見上げたが、やはり何も飛んではいなかった。
「そういえば、昔はよく新装開店の宣伝ビラが複葉機からばら撒かれたもんだ」
男はまだ子供だった頃、空高くから舞い落ちる宣伝ビラを我先にと拾ったものだと、古い記憶を手繰り寄せている。
男の耳の中に新しい幻聴がインストールされたのだろう。
近頃は、新しい幻聴が聞こえることなどたいして不思議ではなくなっていた。

男は立ち止まるのをやめ、ゆっくりと歩き始めた。
夕暮れ時の緩やかな時間が町を包み込んでいく。
家々の明かりが、夕暮れ時の闇を点々と照らしてゆく。
家族団らんの笑い声・・・・
男の耳に昭和の幻聴が聞こえる。
遠くからささやくように聞こえるTVドラマのテーマソング。
一瞬、町のあらゆる雑音が消えうせ昭和の静寂と呼べるような静けさが、男の耳の中に染み渡っていく。

ワームホールという時間を超越した小さくて細い空間が存在する。
男の耳に中には小さなワームホールがあり、昭和の時間と繋がっているのであろう。
いつしか男は、耳の中のワームホールに体全体が飲み込まれるのを夢見ていた。

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