青空マンとクラウドガールからの招待状が、私の郵便受けに入っていたのは1週間前のことだった。
招待状とは、結婚式の招待状だ。
青空マンとクラウドガールの結婚は、空模様職人組合の、いわゆる職場結婚というやつである。

私と青空マンとは、彼は人間だったころからの長い付き合いなのだ。
人間だった頃とは言ったものの、今でも人間であることには間違いないと思うのだが、私には確証は無い。
随分と年月は経っているのに大して見た目が変わらないとか、どこからやって来るのかどこで生活しているのか皆目見当がつかない、など不可思議なことが多くありすぎる。
とはいうものの、彼と私は無二の親友という関係であることは、今も変わりはない。
特に共に絵画を学んでいる学生の頃、絵の具をムラ無く塗るコツを教えたのは私なのだから、今でも彼はそのことを恩義に思っていてくれるようだ。
律儀で裏表の無い彼の性格には、私も友情を感じないわけにはいかない。
私はとうに画家になる夢は捨ててしまったが、彼の場合は夢を実現したといってもいいだろう。
彼は夢の実現に努力を惜しまなかったということであろうか。
そんな彼の晴れがましい結婚式である。
出席しない理由は無い。

招待状と共に、彼のメッセージがしたためられていた。
文面はこうだ。
「やぁ、元気かい!?君のことだから、毎日忙しく元気にしていると思う。
今度、同じ空模様職人組合の同僚のクラウドガールと結婚することにした。
本当は(雲女)というんだが、皆はクラウドガールと呼んでいる。
良く泣く泣き虫の女性なんだが、そこがまた可愛いんだよ。
雲の描き方は超一流だ。
青空マンの僕と違って、毎日違った複雑な文様を描かなければならない根気のいる仕事だよ。
すばらしい女性だ、君も彼女に会ったくれたなら彼女の素晴らしさを理解できると思うよ。
是非、結婚式には出席してくれるように切に願うよ。
結婚式場は、君とよくキャンプに行って芸術論など交わした、あのブナの森の中だ。
結婚式の会場としては、最高の場所だと思わないかい?
何ももってこなくていい、君さえ来てくれればそれで充分だ。
必ず来てくれよ。
では、よろしく。」
彼らしい文章であると、私は嬉しく思った。


結婚式の当日は、自分の式でもないのに妙に落ち着かない。
私が晴れがましい場所が苦手という理由もあるのだが、無二の親友の結婚式であるという理由もある。
私は、ちょっとウェストのきつくなってしまった古いタキシードを着て、早朝の町の中を車を走らせ、結婚式会場である懐かしい思い出の森へと急いだ。
画学生のころ、何も予定の無い週末には、必ずといっていいほど彼と一緒にキャンプをしていたものだ。
特にあのブナの森の中には、よく足を運んだものだ。
鬱蒼としたブナの原生林が空気を浄化して、我々の精神さえ浄化してくれているかのようだった。
日がな一日議論しあった芸術論でさえ無意味に思えるほどの深い森の静寂・・・・
それを感じるだけでも、あの時間はとても価値があったといえる。
そんな崇高とも神聖とも呼べるような場所を、結婚式場に選ぶとは、本当に彼らしい。
「彼らしい・・・彼らしいな・・・」
私は若い頃の色々なことを思い出しながら、何度も呪文のように独り言を言っていた。


町の車の渋滞もさほどでもなく、予定どうりの時間に、あの思い出のブナの原生林に到着した。
そのブナの原生林は、昔とまったく変わりなく、鬱蒼として静かで神聖な雰囲気を醸し出していた。
遠くから、大勢の人の話し声が聞こえてくる。
私は、その声の聞こえる方へ足早に歩いていった。
案の定、大勢の人々が雑談などしながら結婚式の始まるのを待ち構えている。
ダービーハットを被ったタキシードの紳士や、昔のフォークシンガーのような青年や、普通の少年や老人まで多くの人々が、青空マンとクラウドガールの結婚を祝福してくれているのだ。
私は、その大勢の人々の中から、見覚えのある彼の顔を捜した。

「お〜い!」
私の後ろで、懐かしい声が響いた。
「やっと着いたんだね、まっていたよ!」
今は青空マンと呼ばれている、私の友人だった。
「今着いたところだよ、久しぶりだね!」
「懐かしいな!元気だったかい?」
「元気だったよ!君の方は元気かい?」
などと挨拶代わりのとりとめもない会話を交わしながら、私は彼との久しぶりの再会を楽しんでいる。
「彼女を紹介するよ!」そういいながら、彼は遠くにいる彼女を呼び寄せた。

「はじめまして、雲女です、スパイダーガールじゃないわよ!」
いきなりの冗談に、微笑まないわけにはいかない。
私は、スパイダーマンのスパーダーネットを発射する手のひらの格好を真似て見せながら言った。
「クラウドガールでしょう、彼から聞いていますよ」
そして、彼女と握手をした。
彼女の表情に曇った様子もなく、泣き虫の女性とは思えない屈託のなさである。
若干、瞳がウルウルしている表情が、彼女を綺麗に見せていた。

「もう式の時間だ、あとでユックリ積もる話でもしよう!」
そういいながら、新郎新婦はメインステージに歩いていった。
空気は清浄で、物音といえば鳥の鳴き声と小川のせせらぎの音だけだ。
時折吹き抜ける風は、緑の匂いやフェトンチッドを含んで心地よい。
ブナの原生林の少し湿気を含んだ大気は、私たちの心を幸せな気分にさせてくれているのだ。
そして言うまでもなく結婚式は、盛大に神聖に行なわれ、人々を感動させた。


式が終わり、披露宴が終わり、とても短く感じる至福の時間が過ぎていった。
私と彼との昔話は終わることがない・・・・
しかし、別れの時間はやってくる。
「もうそろそろ帰らなくては・・・」私は、残念そうに言った。
「そうか・・・・時のたつのは早いな・・・」青空マンが言う。
私は少し微笑みながら、友人を強く抱きしめた。
「またいつ会えるかわからんが、手紙ぐらいくれよ!」
「そうだな」
青空マンはそう言いながら、私をもう一度抱きしめた。



あの青空マンとクラウドガールの結婚式が昨日のことのように思いおこさせる、数年たったある日。
1通の手紙が届いた。
青空マンからの手紙である。
私は、あせる気持ちで封を切った。
彼からの手紙の内容は、こうである。

「元気かい?結婚式に遠路はるばる来ていただき感謝感激だよ。
短い時間だったが、君と話しが出来てよかったよ。
突然だが、僕たちに子供が出来たんだ。
1歳になるんだが、虹ボーイというんだ。
もう空に虹を描くことができるんだ。
空の虹は、僕の息子が描いている。
来週の日曜日、あの森に家族でキャンプに行くんだよ、君も来ないかい?
待ってるよ!
青空マン&クラウド・ママ」

私も、妻と子供をつれて、あのブナの原生林に出かけることにしよう。

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