老人は朝焼けに染まった土手の上を、今日もジョギングしている。
年をとるにつれ、どうにもこうにも朝が早くなって困る・・・と老人は早朝の空気を感じながら考えていた。
「こう暗いうちから眼が覚めてしまうと、ジョギングでもしないと一日が持たんというもんだ」
そうつぶやきながら、老人はハアハアと息をきらしながら走っていった。

ふと老人は、いつのも土手の上に見なれない青年が座っているのに気がついた。
長髪で無精ひげを生やし、見るからに芸術家タイプの青年であった。
老人も若いころは長髪であったことが思い起こした。
ふさふさとした髪の毛が風に吹かれる感覚は心地よいもんだったなぁ・・・、老人は突然若いころのことを思い出していた。
今はもうほとんど無くなってしまった短い髪の毛を手でなでながら、老人は青年の近くでジョギングの足を止めた。
「おはようございます」
老人は青年に向かって丁寧に挨拶をしてみた。
「おはようございます」
青年も老人の方っを振り返って丁寧に挨拶をした。

「今日の朝焼けは特別に綺麗ですねぇ・・・」
老人は青年の横に座りながら言った。
「そうです!今日の朝焼けは特別に出来がいい!」
青年は、さも自分の作品でもあるかのように自慢げに言った。
そう言いながら、青年は水筒のコップからコーヒーを美味しそうにすすった。
「おじいさんもどうですか?」
そう言いながら、青年はコーヒーを老人に勧めている。
「美味そうなコーヒーですな、じゃ、いただきましょう」
老人はお礼をいいつつコーヒーの入ったカップを受け取り、一口飲んだ。
ジョギングで乾いた咽に、コーヒーの芳香がじんわりと染みとおっていく。
「美味い!美味いコーヒーですね!」
老人は、思わぬ御馳走をもらったかのように少し興奮ぎみに言った。
青年は笑みを浮かべてコーヒーをもう一口すする。

「朝焼けというものは良いもんですね。新しい命が誕生していくようなすがすがしい気分になります」
老人は、コーヒーの湯気にむせながら言う。
「そうです、朝焼けはいい!とくに出来のいい日は気分も最高です!」
青年は言う。
「出来のいい朝焼け・・ですか?やはり朝焼けにも出来不出来があるもんですかね・・・?」
老人は、青年の妙な言い回しが気になって仕方がない。
「そうですよ、出来不出来があるんです、今日は出来が良いので、こうして自分の作品を眺めているところなんですよ」
青年は遠く眼をやり、朝焼けの綺麗さを自慢しているようだった。
「朝焼けが君の作品なのかね・・・・?」
老人は、ちょっと怪訝な気持ちで答えた。
「なんてね・・・冗談ですよ」笑いながら青年は言う。
「むふっ・・・そうだろうね」苦笑して老人は答えた。

「僕の人生最高の喜びは、こうして出来具合のいい朝焼けを眺めながらコーヒーを飲んでいる瞬間ですよ」
青年はカップの中に残ったぬるくなってしまったコーヒーを飲み干しながら言った。
「ワシはいつのここをジョギングしているんだが、君は見かけない顔だね」
老人は言う。
「僕はいつもここらあたりで仕事をしていますけどね・・・」
青年が言う。
「そうかい・・・じゃあ時々は見かけているのかもしれんなぁ」
老人が独り言のように言う。
「どんな仕事をしているんだい」老人が続けて言った。
「朝焼けの色を塗っているんですよ」
にこやかに微笑みながら言う青年の顔には嘘をついているような衒った表情はない。
「いや・・・冗談ですって、冗談・・・・・・」
青年は、老人の訝しい表情を見て取ってあわてて言った。

老人はコーヒーをグビッと飲み干すと、カップを青年に返した。
青年はカップを受け取りながら、老人に言った。
「僕は、おじいさんがまだ小学生のころ会ったことがありますよ、ずいぶんと昔のことですけどね」
老人には何のことだかサッパリわからなかった。
「ほら、おじいさんは子供のころ新聞配達をしていたでしょう?」
老人は、確かにそうだ!というようにうなずいた。
「おじさんは、暗い時間から朝焼けになるまで新聞を配っていたでしょう・・・」
「いつだったかちょうどこの辺りで転んだでしょう、膝をすりむくむらい派手に転んでた」
「あの時子供だったおじいさんを抱き上げて起こしたのは、僕ですよ」
「ちょうど朝焼けを塗り終えたころだったなぁ・・・」
「随分と時間は経っていますが、おじいさんと会うのは2回目ですよ」
妙に懐かしいような表情で青年が言った。

突然に老人の記憶の奥底から忘れてしまった情景が出現した。
「おお・・・たしかに、そんなことがあった記憶がある・・・」
「あのころは貧しくてなぁ・・・・」
老人は懐かしい気分に浸ろうと思ったが、なんだか変だと感じ始めた。
「しかし、どうして君がそんな事を知っているんだ・・・」
「でも、君の顔には見覚えがある・・・そうだ、あの時ワシを抱きかかえてくれた青年にソックリだ・・・」
「それに、君は年をとっていない・・・まだ若いままじゃないか?」
老人の頭の中は混乱していた。
その混乱した頭の中で、古い古い記憶の糸を手繰り寄せようとしている。
「おお・・そうだ、そうだった、あの時・・・あの時、ビンに入った不思議な絵の具を貰ったんだ・・」
「いろんな色に変わる、キラキラ輝く絵の具だった・・・」
老人の心の中に、遠い遠い記憶が昨日のことのように鮮明によみがえっていった。
「あのビンは大切に机に中にしまってあったのに・・・いつか、なくしてしまった」
老人の心は、いつしか少年の心に戻っていく。

「あの時君は確か、朝焼けマンとか名乗ったんじゃないか?」
老人は、昔の出来事を再生するように朝焼けマンに言った。
「そうです、朝焼けマンです、冴えない名前ですけどね」
ニンマリして青年が言う。
「何か夢を見ているようだ・・・・60年間の長い夢を見ているのか・・・ワシは?」

「夢ですか・・・」
「夢も現実も、大して違いはないですよ」
「人間は現実と呼んでいる夢の中に生きているようなものです・・・」
青年は言う。
「君は哲学者だね」
老人が答える。

「ところで君・・・またあのビンに入った不思議な絵の具をいただけんもんかね」
老人は、少し遠慮がちに言う。
「いいですよ、絵の具の残りが今日も少しありますから」
青年は持っていたバッグの中から小瓶を探している。
「おおっ!そうか、ありがとう」
老人は、感謝の念をこめて強く言った。
「もうなくさないでください」
そう言いながら、青年はビンに入った絵の具を老人に渡す。
「我が家の家宝にしますぞ!」
老人は、そのビンを受け取り笑いながら言う。
朝焼けマンも微笑んだ。

「それでは僕はもう帰ります。」
朝焼けマンは老人に言ったが、老人は名残惜しい気持ちでいっぱいだった。
「もう、帰ってしまうんかね・・・」老人が寂しく言う。
「また、どこかで会えるかもしれませんね」青年が答える。
「そうだね、またどこかでばったり会えるかもしれんな・・」老人が言う。
「人生は長いようで短いようで、短いようで長いですからね」
朝焼けマンが言った。
「短いのか長いのか、いったいどっちなんだね?!」
老人は苦笑しながら言った
「それくらい、曖昧で答えがないということですよ」
「たしかに、そのとおりだ!」
2人はまた大きな声で笑っていた。

「また、会いましょう・・・・いつか」
朝焼けマンが握手をしながら言う。
「ワシの、人生もまだまだこれからですからな・・・また会いましょう」
老人は強く青年の手を握り締めた。
「では、また・・」
「では、また・・・」
土手の上空に広がる青空が宇宙の果てまで続いていることを、今は老人は実感していた。

Copyright (C) Sakai Houichi. All Rights Reserved.  

TOP
昭和青春画報
怪人夜話
戯言エッセイ
LINK
TOP 昭和青春画報 怪人夜話 エッセイ LINK