怪人 風男

小林少年と明智文代夫人と中村警部は、怪人風男を町外れの空き地にまで追い込んだ。
「もう、観念しろ!風男!」
小林少年は、黒いタキシードと黒いマントに包まれた、風男に向かって叫んだ。
「さぁ!四越百貨店から盗んだ黒真珠・銀河の瞳を、今すぐ渡すんだっ!」
風男は数十分前、厳重な警備を掻い潜り、銀座の四越百貨店から、時価3億円はするという直径20Cmはあろうかと思われる黒真珠「銀河の瞳」を、盗んだところだったのだ。

中村警部の拳銃は、キッチリ風男に向けられている。
「ふっふっ・・・無駄だよ、私に拳銃の弾など通用せんっ!」
怪人風男は、ギョロリとした目つきで、不適に笑っている。
「なっ・・なんだと・・・今すぐ渡さんと、撃つぞっ!」
中村警部の声には、怒りがこもっていた。
警部の両手に握られた拳銃は、風男に向けられ、今にも引金を引かんばかりである。
「さぁ!撃ってもみろっ!」
白髪の混じった長い髪の毛を、風に揺らせながら、風男はニヤリと笑って挑戦的に言った。

パァァァァ〜ン!!
と、空き地の空間を響かせ、中村警部の拳銃が火を吹いた。
と、同時に、風男の右手が、野球のボールを投げるような仕草をしたのだ。
瞬間に、小林少年と風男の真ん中くらいに、ポトリと、警部の拳銃から発射された弾丸が、地面に落ちた。
風男の手から発射された風圧の塊が、拳銃の弾丸を飲み込み、そして弾丸の運動エネルギーを吸い取ってしまったのだ。
落下した弾丸は、その衝撃と摩擦熱で熱せられ、地面に生えている雑草を、うっすらと焦がしている。

「な・・なんてこった・・・・」警部は、愕然とした表情を浮かべ、つぶやいた。
「警部・・・奴が何故、風男と呼ばれているか、知っていますか?」
小林少年は、戦う姿勢を崩さず、中村警部に言った。
「あいつは、風を操ることができるんですよ・・だから、風男と呼ばれているんです!」
小林少年は、風男を鋭く指差しながら、言ったのだった。
「なんだって・・・・」警部は、信じられないといった表情だった。

「そういうことなんだよ、警部・・・俺は、風を自分の思いどうりに動かせるんだよ!」
風男は、警部を馬鹿にしたようにせせら笑っている。
「俺の風圧弾を受けてみろっ!」
言うが早いか、風男は手のひらから、目に見えない風圧弾を、警部めがけて投げつけた!
ボォォォォ・・・と、汽船の警笛のような音をさせながら、見えない風圧弾は、警部の拳銃を直撃した。
圧縮されてボールのような塊になった空気は、ヘビー級のボクサーのストレートパンチよりも強烈な威力を持っていた。
パチィーンッと、風男の風圧弾は、警部の拳銃を?ぎ取るように空き地の外れまで吹っ飛ばした。

警部の手は、痺れるようにジンジンしていた。
「警部!危ない!」
小林少年は叫んだが、それも虚しく、警部の下顎に2発目の風圧弾がアッパーカットのように炸裂した。
ド〜ンと、太り気味の警部の体が、箪笥が倒れるよに後ろに転倒した。
「やめなさいっ!」
明智小五郎の妻であり助手でもある、明智文代夫人が叫んだ!

「威勢の良いご婦人だ・・・ふっふっふっ・・君が、あの明智小五郎の細君か・・・」
「しかし、威勢の良いはここまでだっ!」
ボォォォォォ・・・!!低い警笛の音が、文代に素早く迫ってくる。
瞬間に、3発目の風圧弾が明智文代夫人のみぞおちに当たり、文代はくの字に曲がり、声も立てずに気絶した。

「なんてことするんだっ!卑怯者!」
小林少年は、風男を罵って叫んだ!
「小煩い小僧めっ!君にはカマイタチを御馳走してやろう!」
風男は、力道山の空手チョップのように、平手を振り下ろした。
ヒュン!と、軽い音を立てて、小林少年の右の頬あたりを風が通り過ぎて行った。
小林少年の耳や髪の毛や頬が、後方に引っ張られるに感じた。
瞬間に、鋭い痛みが小林少年の右頬に走った。
そして、なま暖かい液体が、頬をつたって流れるのを感じていた。

小林少年は、その流れる液体を、指で触り、自分の血であることを確認した。
カマイタチは、空気が真空になる時に人体の皮膚などに裂傷を負わせる現象だが、風男は、そのカマイタチ現象を自分の意志どうりに操れるのだ。
小林少年は、風男の不気味さと恐ろしさに、初めて気がついたようだった。
ヒューーン!と、見えない真空の凶器が、また、こちらめがけて飛んでくる。
小林少年は、とっさに、サッっと左によけた。
音だけが、ヒュンと虚空を舞った・・・・偶然にも、カマイタチの直撃を免れたようだ。
「チッ」と、怪人は舌打ちをしている。

「こんな時、明智先生が居てくれたら・・・・」
探偵明智小五郎は怪人二十面相を、巴里まで追いかけたまま、もう1週間も不在のままだ。
そんなときに限って、こんな不気味な怪人が事件を起こすのだ。
小林少年は、だんだん心細くなっていく自分の気持ちが、少し腹立たしいように感じていた。
「くそっ!」
小林少年は、拳を強く握り締め、風男に叫んだ!
「明智探偵事務所の面子にかけても、お前を捕まえてやるっ!」

「小生意気な奴!」
そう吐き捨てると、風男は、小林少年に向かって、さっきより大きく手を振った。
ビュュュューーーーンッ!
空気を裂くような大きな音が、足元を通り過ぎた・・・・
間髪を居れず、小林少年のズボンをスパッと引き裂き、右足の皮膚をも鋭く切り裂いていった!
「うううっ・・・」
あまりの激痛に、小林少年は直立していられなくなって、ガクリと跪いていた。

「子供でも、容赦はしないぞ・・憶えておけ、小林君!」
勝ち誇った声で言いながら、風男は両手をグルグルと回し始めたのだ。
すると、男の足の辺りに、小さな旋風が発生しはじめ、その旋風は、しだいに大きくなっていった。
ゴゥッと空気を渦巻く音を立てながら、旋風が竜巻になり男を飲み込んでいく勢いだ。
突然に、風男は、竜巻にフワリと飛び乗るような仕草になり、空中に浮いていた。
「黒真珠・銀河の瞳は、俺が頂いておく! 少年よ!また、会おう!わっはっはっ・・・・」
そう言葉を吐き捨て、風男は、文化住宅の屋根の波の遥か上空の、青空の彼方に消えていった。
空の青さまで、怪人風男に味方しているように、小林少年には見えた。

小林少年は、悔しさのあまり、涙で滲んで回りがよく見えなかった。
「くそっ・・悪い奴は、去っていくとき、なんで笑うんだ・・・!!」
癇に障る風男の笑い声が、耳についてはなれない。

「小林君、大丈夫かね。」
中村警部が気がつき、心配そうに言った。
「僕は、大丈夫です。それより文代さんは大丈夫でしょうか・・・」
痛みを堪えながら、答えた。

「あいつは人間なのか?小林君・・・?」
中村警部は、気絶した明智文代夫人を抱きかかえながら、小林少年に聞いた。
「わかりません・・・」
少年は右足の激痛を堪えながら答えた。

「うぅっ〜ん・・・・・」
文代夫人が、抱きかかえられた中村警部の手に中で、息を吹きかえしていた。
「まぁ大変!血で真っ赤だわ!」
しばらく茫然自失状態だったが、真っ赤に染まった右足のズボンを見て、文子夫人は小林少年に言った。
「大丈夫です、これくらいの傷・・・」
小林少年はそう答えた、でも、本当は痛くて倒れそうなのだが、弱気なことは言えない性分なのだ。
正気にもどった文子夫人は、絹のハンカチーフを裂き、小林少年の右足に包帯のように巻いてくれた。

「黒真珠・銀河の瞳を盗られてしまいました・・・・!」
小林少年は、悔しそうに言うと・・・・
「命に別状がないのが、何よりだわ。さぁ、明智探偵事務所にもどりましょう・・・」
そう、優しく言ってくれる文子夫人の言葉が、右足の痛みを少し和らげてくれるのを、小林少年は感じていたのだった。

風男を追い詰めた空き地には、時折ピューと弱いかぜが吹き、雑草を生物のように揺らしている。
小林少年と明智文代夫人と中村警部は、敗北を咬みしめながらも、次の戦いの気力を取り戻していくのだった。



1ヶ月もすると、小林少年の頬や右足の傷も癒え、傷跡も見えないくらいになったきた。
2日前から明智小五郎先生は、国際警察機構の主催で「世界探偵会議」に招かれ、英国・倫敦に行ってしまっていて、不在である。
世界探偵会議には、あのエルキュール・ポアロやシャーロック・ホームズなど、著名な探偵諸氏が招かれているようだが、我明智小五郎探偵もその中の一人なのだ。
明智先生の話によると、最近世界では、悪の天才モリアティ教授や怪盗ルパンや怪人ファントマなどの奇怪な事件が頻発しているらしいのだ。
世界探偵会議は、その対策を検討するために、世界中の探偵の知恵を借りようというものらしい。

「何か、嫌な予感がするなぁ・・」
明智探偵事務所の留守番をしながら、小林少年は考えていた。
明智小五郎探偵が居ない時を見はからっているかのように、決まって怪人たちが事件を起こすような気がしてならない・・・・
小林少年は、そう思っていたのだった。

もう3月も過ぎようとしている。
2階にある探偵事務所の下に見える桜並木は、もう八分咲きの桜の花で、華やかに街を賑わしている。
窓から入ってくる少しだけ暖かい風は、小林少年の嫌な予感を、ちょっとだけ和らげてくれていた。

そんな長閑な気分に浸っていると、突然、明智夫人がドアを開け慌てて入ってきた。
「小林君!大変よ! また、怪人風男が挑戦状を送ってきたわ!!」
小林少年は、座っていた椅子から落ちそうになるくらいに驚き、言った。
「なんですって! また風男が、何かを盗むつもりなんですね!」
文代夫人は、ハアハア息を切らせながら話す・・・
「今度は、女優の光月彩のダイアモンドのネックレス[サウザンクロス]を狙っているらしいの!」

「女優の光月彩と言えば、今度の新作映画 『春風物語』の主演女優じゃないですか!?」
映画通の小林少年は、そう驚いて答えた。
「そう、その映画の完成披露パーティーの時に、そのネックレスをするらしいの・・・」
文代夫人の話によると・・・・
怪人風男は、京都の松竹梅映画撮影所で新作映画「春風物語」の完成披露パーティーを行うとき、主演女優・光月彩の着用している時価5億円とも6億円とも噂されているダイアモンドのネックレス「サウザンクロス」を、パーティーの客の面前で盗んでみせようというのだ。

全部話し終わると、文代夫人は少し落ち着いた様子になった。
「模造品をつけて、出席すれば安全ですよ。」
小林少年は、言ったが・・
「模造品じゃだめだって光月彩は言うのよ・・・、夢を与える女優が、そんな模造品なんかできないっていうの!」
文代夫人は、答えた。
「それに気の強い性格の光月彩さんは、そんな怪人なんかに弱みを見せるのがいやらしいの・・・」
困った表情で、文代夫人は小林少年に言った。
「僕に、そんな大事な警護が出来るでしょうか? この前のこともあるし・・・・」
自身なさそうな小林少年を見つめながら、文代は強く言った。
「大丈夫よ!中村警部も50人の警官を動員して警備に当たってくれるし、なにより警部自身が、あの風男に恨みがありますからね!」
うふっと、笑いながら元気付けてくれる文代夫人の言葉に、小林少年は、自分にも警護が出来るような自信を与えてくれるのだった。



女優・光月彩の新作映画「春風物語」の完成披露パーティーの当日になった。
その日は少し早めに起き、京都まで行き、都電の嵐山線に乗った。
撮影所のある駅には、完成披露パーティーに出席するだろうと思われる、映画で見覚えのあるような俳優の顔が数人見えた。
駅を下りると、松竹梅映画撮影所は直ぐ近くに有った。
撮影所の玄関や周りを囲む塀の付近は、中村警部の部下である警官たちが厳重に警護している。

入り口近くの受付で名前を書いていると、中村警部が手を振ってやってきた。
「やぁ!小林君〜!今着いたのかい!?」
相変わらずの赤ら顔の警部は、酒も飲んでないのに鼻の頭や頬が赤かった。
「今着きました。厳重な警備ですね。これなら風男も逮捕できるかもしれません!」
小林少年は警部に向かって、言った。
「うむぅ・・しかし、どんなに厳重にしても油断は出来ん!あいつは、どんな能力を持っているのかわからんからなぁ・・・」
ほんのちょっとだけ不安な顔つきをしたが、直ぐにいつもの顔に戻って、警部は小林少年に言った。

「例の段取りはついてますか?」
少し緊張した面持ちで、小林少年は警部に尋ねた。
「文代さんもさっき来てくれて、準備を手伝ってくれてるよ。そうさな・・・準備は万端、仕上げをごろうじろ!っていう奴だよ!小林君!」
わっはつはっ・・と笑う顔は、いつものリラックスした警部の顔に戻っていた。
遠くに居て、作業を手伝っている明智文代夫人も、こちらに気がついたのか、手を振っている。



松竹梅映画撮影所のビルの中の迎賓室で、完成披露パーティーは開かれる。
撮影所の3階に有り、ビルの入り口を通らなければ、誰も入ってくることは出来ない。
小林少年と明智文代夫人は、小学校の体育館を少し小さくしたような大きさの迎賓室に入っていった。
部屋のあちこちにあるテーブルには食事が用意され、良い匂いを漂わせ、食欲をそそらせる。
部屋の中には、映画関係者や見たことのある俳優や、新聞社の記者達で賑わっている。
窓は開け放たれ、さわやかな春めいた心地よい風と春の匂いを、部屋の隅々にまで行き渡らせていた。
そんな爽やかな春に相応しい容貌で、中央辺りで来賓たちににこやかに会話ををしている美しい女性が、女優の光月彩だった。

光月彩が小林少年と文代が入ってきたのに気づいて、こちらの方にやってきた。
「あなたが、あの明智小五郎探偵の肝いりという少年ですね!」
光月彩は、小林少年より背が高く、ほっそりとして女神のようだった。
良い香水の香りがした、小林少年はクラクラと倒れそうな面持ちになっていた。
胸には、あのダイヤモンドのネックレス・サウザンクロスが、夜空の星のようにキラキラ輝いている。

「ぼ、僕が、小林です!」
握手しようと、緊張しながら右手を出した。
「よろしく。私の宝物を守ってきださいね。小林さん。」
そう言うと、光月彩は、小林少年の手をギュッと握り返してくれた。
心臓がドキドキと脈打っているのが、いつもより強く感じられる。
小林少年は、初めて会う銀幕のスターに、ぼーと魂を抜かれてしまったようだ。

文代夫人が左手の肘で、小林少年の背中をコツンと軽くつついた。
「ぼぅーとしてちゃ駄目よ!風男は今にも現れるかもしれないんだから!」
ハッとして我に返った小林少年は、文代の顔を見て照れくさそうに微笑んだ。
「・・・あぁ!そうだ!・・例の準備は整っていますか。」
恥ずかしさをごまかすように、妙に固くなって小林少年は尋ねていた。
それが可笑しかったのか、文代夫人はクスクスと笑いながら答えていた。
「抜かりは有りませんことよっ!」
そんな風に文代夫人がおどけて言うものだから、小林少年もつられて笑ってしまっていた。

パーティーが30分も続いていたころだった。
ビルの3階の窓の外に、ゴゥゥゥーーという風の吹く音が数回した。
始めは春の突風かと思われたが、しだいに強くなっていく風に迎賓室のカーテンはパタパタと靡き、窓の近くにあるテーブルを小刻みに振動させている。
「何か変だぞ・・」と小林少年が感じた瞬間・・・・
バァァァ〜〜〜ンと、物凄い風圧の風が部屋中に進入し、テーブルや椅子や人々を薙ぎ倒していた。
部屋は一瞬にして、台風の後のような悲惨な状態に成り果てていた。
バラバラに飛ばされ破壊された、テーブルや椅子が来客の顔や腕に怪我をさせている。

風と共に窓から侵入した風男は、サッと中央に倒れている光月彩に忍び寄るように近づき・・・・・
光月彩の胸から、ネックレス・サウザンクロスを引き千切るように取り上げた。
「ふふふ・・どうやら本物のようだな!結構!結構!」
風男は満足げに言ったのだった。
そんな、風男を見つめる光月彩は、恐怖のあまり口も聞けないようだった。

「現れたなっ!風男!!」
そう叫ぶと、小林少年は、迎賓室のドアをすべて開け放ち、全員に逃げるように指示した。
来客は、我先にと出口から逃げだし、光月彩も文代夫人と共にビルの外に避難した。

部屋の中は、小林少年と風男だけになり、まるで一騎打ちのようであった。
小林少年は、ゆっくりとゆっくりと総ての開け放たれたドアをシッカリ閉め、慎重に窓際に進み、開放されていた窓を総て閉じていったのだった。
「小僧!何のまねだ・・・」
風男は、いぶかしげに小林少年に言った。

小林少年は、そんな言葉に答えようともしないで叫んだ!
「スモークの煙を入れてください!」
閉ざされた部屋の中に、天井に設置してある換気口から、映画で霧の場面に使う白い煙がモワ〜ッと入ってきた。
スモークが部屋に充満するのに、たいして時間はかからなかった。
部屋の中は、まるで霧のなかのように白く薄ぼんやりとしている。

「この煙が何なのかは知らんが、サウザンクロスは頂戴した!今回も、俺の勝ちだな!」
風男は、勝ち誇って言った。
「勝負は、最後までわからないぞ!」
小林少年は、スモークで少し霞んだ風男を睨みながら叫んでいた。
「もう、最後だよっ!小林君!」
そう言うが早いか、風男はボールを投げるように手を振った!
ブオォォォォ〜ンと、鈍い音をたてながら、風男の風圧弾が飛んできた。

『思ったより遅いな!』
小林少年は、心の中で思った。
風男の放つ風圧弾は、部屋に充満した煙の粒子を取り込み、まるで白いボールのようになって、軌跡を残しながら、こちらに向かって跳んでくる。
「分かるぞ!ハッキリと!・・・ハッキリと見えるぞ、風圧弾の飛んでくる方向がっ!」
小林少年の計算どうりだった!
目に見える風圧弾は、そんなに早くはなく、小林少年にも充分避けられるスピードだったのだ。

2発3発と、風男は風圧弾を投げつけてきたが、目に見えるようになった空気の玉は、小林少年の体をかすめる事すらなかった。
「風男!もう諦めろ!無駄だっ!もうお前の風圧弾は効果が無いぞ!早くネックレスを返せ!!」
小林少年は、叫んだ!

「くっそっ!では、これならどうだ!」
風男は、空手チョップの動作で、カマイタチを投げつけてきた。
ヒューンと音をたてながら少年めがけて飛んでくるカマイタチは、本物の鎌の刃物のように三日月の形を保ちながら、クルクルと回転しながら跳んでくるのだった。
先ほどの空気弾より、早い!
慌てず、小林少年は目を守るため、明智小五郎から貰ったアメリカの軍隊で使用されているサングラスを、胸のポケットから出し、顔に掛けた。
これで、あの鋭いカマイタチの軌跡を、視線をそらさずに見きわめることができる。

「小ざかしい奴だ・・・」
そう叫びながら、風男は先ほどとは違う手の動きをした。
それは、まるで忍者の手裏剣を投げるようだった。
小さな鎌の形の空気の刃が、ヒュンヒュンと、小林少年に向かって飛んで来る!
「こんなに多くては避けきれない!」そう思った小林少年は勝負に出たのだった。
ヒュンヒュンと飛んで来るカマイタチは、数は多いが致命傷にはならないくらい小さな物だ・・・
「当たったとしても小さな傷で済むだろう・・・」
そう決意し、小林少年は風男に飛びかかったのだ!

飛び交うカマイタチ間をを避けながら、小林少年は風男に突進していった。
カマイタチの一つが顔のサングラスに当たり、厚いレンズがパリーンと音を立てて壊れた。
バラバラになったサングラスが小林少年の頭の左後方にヒューンと吹き飛ばされた。
サングラスをかけていなければ、目が潰れていたにちがいない。

小林少年は風男の胴体に体当たりし、2人はドーンと床に倒れこんだ。
風男が怯んだ隙に、小林少年の手は、すばやくネックレスを風男から奪い取ったのだった。
その時、風男の足が少年の腹のあたりに当たり、がーんと小林少年は風男に蹴り飛ばされてしまった。
ドーンと、しこたま床に叩きつけられてしまったが、小林少年の手には、取り返したネックレスがシッカリと握り締められていた。

「警部!取り返しました!」
そう小林少年が叫ぶが早いか、ドアから、中村警部と十人ほどの警官が突入してきた。
「もう観念しろ!風男。お前は逃げられん!完全に包囲されている!」
中村警部は叫んだ!
外では、何台ものパトカーのサイレンの音が響き渡っていた。

ネックレス強奪を諦め、退散を決め込んだのか・・・・
霧の中にたたずむ風車のように、風男は両手をグルグル回しはじまた。
男の回りの空気が回転をし始め、小さな旋風が発生している。
旋風は、部屋の中のスモークをも飲み込み、見る見るうちに人間も飲み込むほどの竜巻になっていった。
瞬間に、パリーンと分厚い窓ガラスが粉々に砕け散り、外の風がササァァァーーと入ってきた。
竜巻の中心に居る風男は、もう空中に浮いている。
風の勢いが激しくて、警官も近づく事もできない。

「くそっ!おぼえておれっ!!」
そう忌忌しく叫ぶと、風男は竜巻に乗り、窓からフワリと逃げていった。

「今だっ!スイッチを入れてっ!!」
小林少年は、外で待機していた文代夫人に叫んで合図した。
間髪を入れず、文代は映画の撮影用の巨大な送風機のスイッチを入れたのだった。
ググゥオーン・・・・・低い音を響かせながら、巨大な扇風機のような送風機の羽根が、目に見えない速度で回転している。
送風機から風が吹き出し、撮影所は暴風域に飲み込まれたようだった。
文代夫人は、送風機を反対に向け、掃除機のように空気を吸い込む後方を、風男に向けた。
送風機は、風男の包んでいる竜巻を吸い込むように、激しく回転している。
シュルルルゥ〜〜〜〜ッ・・と、掃除機ようになった送風機が、風男を包んでいる竜巻を、ドンドン吸い込んでいく。

風男の動きが止まった!
送風機が竜巻を完全に吸い込んで・・・・
しだいに風男を浮かせている竜巻は、小さく小さくなり、やがて掻き消す様に消滅してしまった。
「うわぁぁぁぁー!」
叫びながら風男は、3階ほどのビルの高さから、まっ逆さまになって落下した。

地面に男の体が叩きつけられたと同時に、風男の上空からダウン・バーストのような重い風の固まりが、ドドーンと重低音を鈍く響かせ落下してきた。
そのダウンバーストは風男と包むように落ち、細かい砂粒や土埃を煙幕のように撮影所内にモアモアと巻き起こした。
激しい風圧で、映画の小道具がそこ等じゅうに吹っ飛ばされ散乱した。
そして、近くに有った満開の桜の木の花弁をも、一枚残らず空中高く舞い上げてしまった。



しばらくすると、撮影所内の砂埃が落ち着き、周りの風景も見えるようになってきた。
ゴホンゴホン咳き込みながら、中村警部が風男の落下した地点に走っていった。
「な、なんだ!これは、奇怪な・・・!奴は魔術しなのか!?」
そう叫びながら、警部は呆然としている。
警部の見つめている地面には、もぬけの殻となった風男の黒いタキシードとマントが、蝉の抜け殻のように落ちていた。
「風男の体は、どこへ行ってしまったんだ・・・?」
警部は、男の服を握り締めながら、独り言のように、呟いていた。

小林少年も、ビルから駆け下り、その現場を見つめた。
そのうち警官やパーティーの来賓たちが、抜け殻となった風男の所に集まり、ガヤガヤと騒々しくなっていった。
人だかりの中には、文代夫人も光月彩も居た。
「風男は死んだんでしょうか?」
小林少年は、誰とでもなく聞いている。
「判らん・・・」中村警部が、小さく答えている。


「まぁ!綺麗!」
突然、光月彩が甲高い声で叫んだ。
「まぁ・・・ホント・・」
文代夫人も、同意しながら言った。
先ほどのダウンバーストで、空中に吹き飛ばされた桜の花弁が、まるで雪でもあるかのように、皆の頭上に降り注いでいるのだ。
小林少年も中村警部も、空を見上げている。
本物の雪のように桜の花弁がフワフワと舞い落ちてくる。

風男の、黒いもぬけの殻の上にも、ヒラヒラと桜の花弁の雪は積もっている。
「やはり、風男は死んだんだろう・・・・」
小林少年は呟いたが、誰にも聞こえなかった。
ヒラヒラと舞い落ちる、桜の花弁は、風男への手向けの花に見えなくもない。
そう、小林少年は思ったのだった。



ガヤガヤと、中村警部と警官達が、事件現場を捜査している。
小林少年は、そんな雑音を背中で聞き流しながら、さっき風男から取り返したネックレスを、光月彩の手に渡している。
「どうも有り難う!・・・本当に有り難う・・・」
涙ぐみながらお礼を言う光月彩を見ていると、小林少年は、自分が少しだけ頼もしく感じられ、誇らしい気分になっていくのだった。
桜吹雪となって舞う桜の花びらは、さっきから小林少年や文代夫人や中村警部の上にずっと降り注いでいて、まだしばらくは止みそうに無いようだ。

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