虹ボーイ

女は日曜日の昼近くになってベッドから起き上がった。
目の下には隈が濃く浮き出て、髪の毛もボサボサだった。
気分は最低で、日曜日というのに出かける気分にもならないくらい疲れきっていた。
会社では失態をしでかし、先月恋人にも愛想を付かされて、もう生きているのが精一杯の気分だった。

「もう、なにもかもうんざりだわ・・」
女は顔を洗いながら、そんなことを考えていた。
昼ちかく遅くおきた日は、いつもコンビニの弁当で昼食を済ます。
女は、くたびれた白いジャージ姿で近所のコンビニへと向かう。

マンションからコンビニに行く途中に公園がある。
雨上がりの公園の雰囲気は、女の故郷にある公園に似ていた。
「・・よく遊んだあの公園は、今もあるのかしら・・・」
女は、故郷のことを取り止めも無く思い出している。

コンビニでいつもの弁当を買い、同じ公園の前の道を女は通り過ぎようとしている。
いつも子供がいない都会の公園に、今日は一人だけ子供が遊んでいた。
「さっきは居なかったのに」
と女は少しだけ気にしながら思った。

子供は小学校低学年くらいの少年で、白いバケツの中を覗いていた。
「ザリガニでも採ってきたのかな?この辺に小川なんかないのに・・・」
女はちょっと気になって子供に近寄っていった。

「何かいるの?」
子供の後ろから、女は聞いた。
「・・・いや、なんにも・・・」
子供は女にはほとんど無関心な様子で答えた。
「じゃあ、なにやってるの?」
女は聞く。
「虹を描いてるのです・・・」
子供が答える。
「・・・・・虹・・・・・」
女は返答に困っている。

「僕は虹ボーイです、雨上がりの空に虹を描いているのです。」
少年は、たどたどしい敬語で、女に話はじめた。
「今日のような雨上がりの日には、僕が虹を描いて空を綺麗にするのです」
「雨上がりの虹は、みんなを幸せにします」
「お姉さんも幸せでしょう?」
少年は、女に屈託無く言う。

女は、突然幸せか?と聞かれ、ドキッとした。
「・・・幸せよ・・・」
女は心の中とは反対のことを答え、ちょっと後ろめたい気持ちになってしまっている。
「そうでしょう」
子供は、女の顔を見つめながら嬉しそうに言った。
その笑顔を見ながら、女も無理やり微笑んでみた。

「虹を描くのは楽しい仕事なのです。お父さんもお母さんも、僕のことを誇りに思っていてくれます」
大人びた言葉で、少年は女に言った。
「虹は、自然現象でしょう、光の屈折で出来るものよ」
女は、子供に教えるように言う。
「違いますよ、僕が空に虹を描いているんです」
子供はそう言いながら、バケツの中のペンキの刷毛を空中にサッと半回転させた。

動かされた刷毛の軌跡の後方に、キラキラと輝く七色の光のベクトルが形成された。
「ほらね!」
子供は楽しそうに、女に向かって言う。
「もう一つ!」
少年はもう一度、公園の何も無い空間に手を広げ、大きく大きく虹を描く。
少年を包み込むように虹が輝く。

「マジックかしら・・」
不思議な気分になって、虹を手で触ってみた。
女の手に虹が纏い付き、女の手は虹色に染まった。
七色に染まって光る自分の手を見ながら、女は楽しい気分が満ち溢れてくるのを感じている。

虹ボーイは、いつのまにか公園中に、はしゃぎながら何十という虹を描き出していた。
雨上がりの公園の空間は、いくつもの虹のアーチで目も眩むばかりになって輝いている。
女は大きな虹のアーチを潜ってみたり、触ってみたり、いつしか少女にもどっていった。

空は晴れ上がって気持ちがいい。
雨上がりの空気が、さわやかな風を運んでくる。
サァーッと吹き抜ける風が、女の髪の毛をサワサワと揺らしていく。
一瞬に、公園の小さな虹の群れも、虹ボーイもかき消すようにいなくなっていた。

雨上がりの晴れた上空には、今まで女が見たどんな虹よりも大きく綺麗な虹が光輝いていた。
そして、女のくたびれた白いジャージの服にも、光り輝く虹の文様が染め付けられていたのだった。

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