路地裏の怪人

その路地裏は100メートル四方に、切り取られた大きな羊羹のように、昔のまま取り残され、時間が停止したようだった。
空がほんの少しだけ夕焼けに染まりかけたころ、僕はその古い路地裏を抜け、家に帰ることにした。いつもなら、こんな時間に薄気味の悪い場所を通ったりしない。近道とはいえ、こんな時間にここを通ってしまった事を、僕は後悔していた。あたりは薄暗くなってきて、危険で不思議な雰囲気に満たされていた。時折、ヒューッと風が通り抜け、割れた窓ガラスを、カタカタと揺らしている。
「ああ・・早く帰ればよかった・・・」僕の心の中は、心細くて小さく縮こまっていた。
さっきより風が強くなってきて、ごみの切れ端や枯葉を巻き込んで、路地裏を勢いよく通りぬけていく。はがれたポスターが、幽霊の手のようにパタパタはためいている。
そんな怖い気持ちが、僕の足を早足にしていた。サッサッと急いで動かす足音が、薄暗い路地裏通りに、他人の足音のように響いていた。こんな気分のときは、歩いても歩いても、ここから出られないのではないかと、嫌でもそんな不安な気持ちになってしまう。
カランッ・・・と、何かが落ちるような音が路地裏の奥に響いたので、僕はビックリして立ち止まってしまった。同時に、ニャーと、小さな声がした。
「なんだ、猫かぁ・・・」僕の心は、ほんの少しだけゆるんだ。でも、その時後ろに何か大きな人の気配が感じられた。
僕は、ギクリとして後ろを振り返った!
「うわっ〜〜〜!」僕は、ありったけの驚きの声を張り上げ後ずさりした、そして、一目散に走りだした。
僕の後ろには、真っ黒なペンギンのようなタキシードを着、黒いマントをなびかせた、見るからに恐ろしげな男が立っていたからだ。
僕は後ろも振り返らず、一目散に走った。
ザッ!ザッ!ザッ!っと、僕のスニーカーの靴音が、無人の路地裏に木霊して、何人もの人間が一緒に逃げているようだった。
数メートルも行かないうちに、さっきの奇怪な路地裏の怪人が、僕の前に立ちはだかった。頭にはシルクハットを被り、ギョロリとした目が、心を見透かすように僕をにらんでいた。
とその瞬間、バサッ〜〜〜!!っと、かび臭い真っ黒なマントが、僕の上に覆いかぶさってきた。そして、僕の目の前は真っ暗になった!

一瞬の出来事だった、かび臭い匂いが無くなり、急に周りから賑やかな音がしてきた。パフゥ〜プィ〜パァ〜!ラッパのような音が遠くから聞こえてきた。
僕は、何が起こったのかサッパリわからず、ユックリユックリ目を開いてみた。、さっきまで居た路地裏が、朱色の夕焼けに染まり、そこに在った。
でも、さっきとはぜんぜん違っていた。大勢の人たちが活気よく歩いていて、子供の声が、近くや遠くでワイワイ聞こえ、まるで放課後の運動場のようだ。どこからか、味噌汁の匂いが、フワァ〜と漂ってきて、いい香りだ。
パフゥ〜プィ〜パァ〜!と、遠くから聞こえたラッパのような音が近づいてきて、どこからか女の人の声がした。
「お豆腐屋さぁ〜ん!待ってぇ〜!」そうすると路地の向こう側から、自転車に大きな車輪の荷台を引っ張りながら、ラッパを首にかけた豆腐屋のおじさんが現れた。そして、白いエプロンをしたおばさんが、1人、2人と、僕の前を走っていく。
僕は、頭がクラクラして立っているのがやっとだった。「いったいここはどこなんだろう?わけがわからない!僕は、どうしてしまったんだっ?」混乱した気分で、僕はもう少しで泣きそうだった。
さっき、路地裏の怪人に会って、一瞬のうちにこんな所に来てしまった。景色は、さっきの廃墟の路地裏と変わらないのに、こんなにも人が一杯いて賑やかだ。味噌汁の香りや、薪を炊く匂いや、草の匂いもしている。
突然に、棒切れを振り回しながら、数人の幼稚園くらいの子供が、僕の横をキャアキャア叫びながら、すごい勢いで走り去っていった。
「やぁぁ〜い!俊夫ちゃんのバァ〜カ!」数人の小さな子が、一人の男の子を追っかけながらからかっている。逃げている子は、泣きながら追っかけられ、走っていった。
「僕のお父さんと同じ名前だったな」泣きそうな気持ちだったが、僕はそんなことを考えていた。
なんだかジッとしていても始まらないような気がして、心細いけど少し歩いてみようと思った。歩いていくと、眼鏡の下がったオジサンのついた古いホーロー看板があった。もう少し行くと、見たことの無いような形のテレビが、白黒のニュースを放送していた。その隣には、見たことのような駄菓子が売られている小さな店を見つけた。ガラス瓶の中には、いろんな色のお菓子が詰まっている。
煎餅や黒砂糖のついた麩菓子は、ビニール袋にも入っていなくって、そのままガラスケースの中に並んでいる。
わぁぁぁ〜〜〜!っと、また、あの子供たちの声が近づいてきた。追っかけられていた一人の男の子が、僕の後ろにサッと逃げ込んだ。続いて数人の子供達が、その子を囃し立てている。
「やぁ〜い!俊夫ちゃんの弱虫!」「やぁ〜い!」一人の鼻水を鼻からたらした子が、棒切れの先にバッタの死骸を突き刺し、僕の後ろの子供の顔にくっ付けようとしていた。
「ほれほれ!」「死んだバッタだぞっ!」僕の後ろの男の子が、泣けば泣くほど数人のいじめっ子は、調子づいて囃し立てている。
「大勢で、いじめるのは止めろ!」僕は、妙に腹が立って強く怒ってしまった。
「わぁぁ〜〜っ」「ばぁ〜か!」そう叫ぶと、いじめっ子達は、どこかへ走り去っていった。後ろの子は、まだウェンウェン泣いてばかりで、いっこうに泣き止む様子はない。
「しょうがないなぁ・・・」そう思った僕は、ここの駄菓子屋でこの子にお菓子を買ってやることにした。ポケットの中には十円玉が3個しかなかったので、たいしたお菓子は買えないだろうが、なんとか泣き止んでくれればと、僕は考えていた。
駄菓子屋の店の前で、大きな声で僕は言った。「ごめんくださ〜い!」すると奥の部屋から、店の人が出てきた。
僕は、サイコロの形の箱に入ったキャラメルと、赤いイチゴの形の飴を買い、その子に渡した。ヒックヒックいいながらも、その男の子は泣き止んだ。
駄菓子屋の人は、男の子を見ながら言った「また、俊夫ちゃん、泣かされたんだねぇ、もうすぐお母さんがくるから待ってるといいよ」
そして、しばらくすると、その子のお母さんがやってきた。
「俊夫!また泣かされたのかい?」そう言うと、その子の頭を軽くコツンと叩いた。すると、その子は、またグスグス泣きそうになっている。
「あんたが、うちの子を助けてくれたんかい?」おばさんがそう言ったので、僕はうなずいた。
「助けてくれてありがとうね!お菓子もありがとうね!」そう言いながら、おばさんとその子は、路地を抜け帰って行った。
後ろ姿を見ていたら、急に僕のおばあちゃんを思い出した。そうだ、さっきのおばさんは、僕のおばあちゃんにそっくりだった。
お父さんの名前の俊夫と、おばあちゃんにそっくりなおばさん!
「ここは、何十年か前の僕の町だ!そうだ、そうに違いないのだ!」僕は、確信したのだった。あの路地裏の怪人は、僕を昔の路地裏に連れてきてしまったんだ!
もう、自分の居た町には戻れないと思ったら、僕も泣きたくなってしまった。夕焼けが、僕の影を長く長く伸ばして地面に写している。
すると突然に、僕の長い影にシルクハットの影が重なったかと思うと、僕はまたあの怪人のカビ臭いマントに覆われていたのだった。
バサッ!マントが風を切る音が響いた。僕の目の前が真っ暗になり、一瞬静かになったかと思うと、次には元の僕の町に戻っていた。
遠くでは、自動車のエンジンやクラクションの音が、小さく聞こえてくる。周りを見回したが、路地裏の怪人はどこにも見当たらない。
「ああ、さっきのは夢見たいなもんだったのかなぁ?」そう思いながら、ホッとした気分だった。廃屋だらけの路地裏は、夕焼けに染まって真っ赤になっている。
急いでその路地裏を抜けると、なんだか気になって後ろを振り返った。するとそこには、真っ赤な空を背にシルクハットを被った路地裏の怪人のシルエットが、一瞬見えた。
とても恐かったが、今ではあの路地裏の怪人が良い奴のような気がしているのだ。
・・・・なぜって?
昔のお父さんは泣き虫だった。僕には「男は泣くんじゃない!」と、いつも言ってるくせに、自分は泣き虫だったんだ。
それに、僕には優しいおばあちゃんなのに、お父さんにはちっとも優しくなかった。
でも今は、僕はお父さんやおばあちゃんが、前よりずっと好きになっている。
 何故だかわからないけど、さっきみた昔の町が、僕の心を優しくしてくれたのかもしれない。遠くに見える路地裏は、夕焼けに染まりユラユラと揺れているように見えた。
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