駅前に中川五郎がやってきた

1970年、春もうららかな5月。
岐阜の街は、おおむね平和だった。

俺は、自宅から30分もの電車通学から開放され、岐阜の街をブラブラしているのだった。
おおむね平和な地方都市なのだが、今日は駅前でフォーク集会があるという。
ゲスト・フォークシンガーは中川五郎だ。
「おお・・岐阜の街も新宿西口広場みたいに、フォークの聖地になるのか?」などと馬鹿げた妄想を抱きながら、夕暮れ時になるまで街中を散策している最中なのだ。

高校生といえば、1%の現実と、99%のキラキラした妄想だけで日々が流れているお年頃だ。
学校の授業は、深夜放送を朝方まで聞いているので半分以上寝ていた。
放課後ともなれば、音楽室で、流行のフォークソングをギターをかきながしながら歌っているのが日々の日課のようなものだ。
世間の事も、世界のことも、親のことも、はるか彼方の出来ごとだった。

下校時のブラブラ散歩コースには、楽器店や本屋や、格安の食べ物がある喫茶店などがある。

いつも行く「おわり屋楽器店」には、URCのレコードが常時販売されていた。
アングラレコードとも呼ばれている「URC」レーベルのレコードは、通常は会員にならないと入手できない代物だった。
しかし、おわり屋楽器店は、このURCのマニアックなレコードが、普通のレコードのように購入することができる店なのだ。
「ああ・・五つの赤い風船のLPレコードが欲しいな・・」などと思ってみても、当時の1500円はかなり高価なものなのだ。
一般家庭の高校生が、おいそれと買うことは出来ない。
今日も、レコードのジャケットを見るだけで願望を満足させなければならない俺なのだった。
あの願望は、今も宇宙のどこかで空虚に彷徨っているのではないだろうか。

おわり屋楽器店の隣は、映画館である。
いつでも映画を見ることが出来るほどの経済力もないので、通常は映画館の前のスチール写真を見ながら、映画のストーリーを妄想するだけである。
この日の映画は、アンディー・ウォーホールの「悪魔のはらわた」を上映していた。
女性の腹から内臓をひきずり出しているスチール写真を見ながら「これは牛の内臓かな・・」などと考えていたりした。

仕方が無いので「ゼニヤ」で、コーヒーでも飲みながら時間を潰すことに決意した。
ゼニヤは、格安の喫茶店だ。
30円でコーヒーが1杯飲めるのだ。
美味くもないが不味くもない、しかし、それでもそれがうれしくもある。



時間は潰れた、おまけに卵無しの60円の焼きそばも食べた。
駅前広場に行こう。

ゼニヤから岐阜駅前までは、歩いて20分ほどの距離である。
神田町通りを南に下り、ハルピン街と呼ばれる繊維問屋街を抜けると、戦後まもなく建てられた岐阜駅が見えてくる。
岐阜駅の北口は、当時はわりとモダンなブロックの壁面で構成されている。
南口は、空襲を免れたので戦前のままの木造の建築物である。
中川五郎は、北口の駅前広場に来る。

広場は多くの人々でざわめいていた。
ヘルメットを着用した人達もいたりする。
広場の中心には4トントラックが駐車してあり、小さなアンプとマイクスタンドが1本立てられてあった。
今日のステージは、トラックの荷台なのだった。
荷台の横には、中川五郎らしき人物がギターを抱えて、誰かと話している。

しだいにザワザワと群集が、トラックの周りに集まってくる。
ナショナルや東芝のネオンを背に、黄昏色に染まった駅前広場はコンサート会場に変身し、熱気がモアモアと湧き出てくるようだった。
そうしているうち、もう人の顔が誰だか分からないくらい暗くなると、トラックの上に中川五郎が登場した。

俺たちゃ ♪ 殺し屋 兄弟ふたり〜♪
どんなことでも♪ やるやるやるつもりだぜ〜♪

Aちゃ〜んの家に ジェット機が落ちたら〜〜♪

おいでみなさん聞いとくれ〜♪
僕は 悲しい 受験生〜♪
砂を噛むよな 味気ない〜♪
僕の話を 聞いとくれ〜♪

「おおっ!!本物やっ!!」
俺は、食い入るようにトラックの荷台を見つめている。
中川五郎は、ギターを弾き歌いながら、弾むように踊ったり跳ねたりしている。
「URCから発売されている、殺し屋のブルース、おわり屋楽器店で買ってください〜!」
中川五郎は、レコードを見せながら、そう言った。

五郎が、トラックのステージから降りると、司会らしき人物がマイクに向かって叫ぶ。
「飛び入り歓迎です、何かメッセージがある奴は、ここに上がってくれ!」
すると、数人の男がトラックの荷台に上がり歌い始めたのだ。
「金で雇われた奴隷です、くそくらえ節歌います!」
ある日 がっこの先生が〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪♪
あの時代、トラックの荷台は荷物だけでなく、フォークシンガーや熱いメッセージまでも載せたりするのだった。

飽きてきた俺は、トラックの周りに中川五郎を探していた。
五郎は、まだ帰らないでトラックの横にギターをぶら下げて、そこにたたずんでいた。
俺は言ったのだ「殺し屋のブルース持ってます!」
「ありがとう!」中川五郎は、少し甲高い声で答えた。
「握手してください!」そういうと、俺は中川五郎の前に、手を出した。
五郎の手は細長く、少し汗ばんでいた。
「がんばってください!」俺は意味もなく、そんな言葉を発射してしまっていたのだった。

8時も過ぎてしまった。
早く帰らなければならない。
親には、クラブ活動で遅くなったと言っておこう・・・・

「お〜い!」
後ろで、聞き覚えのある呼び声がした。
同級生の宮浦二郎だった。
「おまえも来とったのか?」
俺は、なにか妙に嬉しくなって、宮浦に言ったのだった。
「後ろの方で聞いとったんや!」宮浦も、少し興奮した様子で答えた。
「レコードとは違うな、本物は・・」
「そうやな・・」

真っ暗になった岐阜駅の陸橋の上を、とり止めも無い話をしながらブラブラ帰っていった。
陸橋の下からは、汽車の汽笛がピィーと踊るように鳴り、しゅうしゅうと蒸気を上げている。
そう高くもない駅ビルの極彩色のネオンサインが、映画のようにチカチカと輝いていた。

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