絵を売る男 詩を売る女

1970年頃。
岐阜の街は、ほぼ平和だった。

あの頃には、絵を売る男達や詩を売る女達、あるは自分の作ったアクセサリーなど路上で売る若者たちが多くいた。
ある者は、旅のための電車賃を稼ぐために絵を売り、ある者は、ただ単に生活費を稼ぐために詩を売っていた。
また、ある者は来るべき未来の大望のために、資金を集めていたりもしていた。
大都市のみならず、小さな地方の町の駅前や商店街や地下街・・・
冷たいコンクリートに座り、自分の作品を並べ、空を眺めながらジッとそれが売れるのを待っていた。
道行く人々は、高度成長を夢み、生活の向上を目指すのに忙しく、そんな若者たちに気づくことさえ稀であったが・・・・

ほぼ平和な岐阜の街にも、路上で芸術を売る若者は居た。
国鉄の駅前の通路や名鉄岐阜駅に抜ける地下通路。
また、東の繁華街・柳ヶ瀬から東の飲み屋街・西・柳ヶ瀬へ抜ける地下通路。
そんな場所に、多くの自称芸術家が道端にまんんじりともせず座っていたりした。



夕暮れの岐阜駅の広場に、「ゼロ次元」と名乗った自称画家の男がいた。
その男は、春もまだ明けやらぬという季節なのに、半袖半ズボンで路上に座って店を広げていた。
そこを、偶然に通りかかった俺は、言った。
「その絵は、いくらなんですか?」
男は「100円です」、そう答えた。
「何処から来たのですか」
俺は、その絵を買おうか買うまいか迷いながら聞いた。
「何処から・・と言われても・・・旅をしてるので・・・まぁ、東の方から・・かな?」
男は、冗談とも本気ともつかない口調で言った。
何か知らないが、その時俺は「カッコいいなぁ・・」そう思ったのだった。
「自分の芸術作品を売りながら、自由な旅暮らしか・・・かっこいい・・憧れるなぁ・・・」
そう強く思ったのだった。

俺は、決意して言った。
「その絵を買います!」
当時の高校生にとっては、100円と言えば結構大金である。
「サインしとこうか?」愛想良くその男は答えた。
「そうしてください!」
そう言うと、俺はポケットから100円玉を取り出し、その男に渡した。
何か、有名人のサインでも貰ったかのように、嬉しい気分だった。
「どうもありがとう・・」そう言うと、男は布の袋にお金を入れた。

男の絵というのは、ウミユリみたいなグニャグニャした模様が、繋がっているだけの他愛ない絵だったが、高校生の俺にとっては何か意味ありげな物に見えたのだ。
話を聞くと、その自称・ゼロ次元と呼ぶ男は、自分の美術館を作るために資金をこうやって集めているのだと言う・・・
その時は、何か凄い夢を描いている芸術家が目の前にいるような錯覚をしたものだ。
その日はそれで終わった。

数ヶ月したある日、俺はパウル・クレー展を見るため、名古屋に出かけたのだった。
愛知県美術館から出て、地下街をブラブラしていた時、見覚えの有る顔を見つけた。
あの、自称ゼロ次元と呼んでる男だ!
「こんにちわ!」
俺は、ニコやかにその男の顔を見て言った。
「こんにちわ・・」
男は、そう言ったが、こちらの顔は憶えてはいない感じだった。
相変わらずのムニャムニャの絵を売っていた。
男が覚えていないようだったので、俺は初対面のごとく尋ねてみたのだった。
「どこから来たのですか・・・」
「岐阜からだよ・・・」男は、さりげなく答えた。

「ああ、この男は岐阜の住民だったんだな・・・
旅なんかしてないんだ・・・・・
美術館を作るってのも眉唾かもな・・・
100円返せ・・・」
そう心の奥で思いながら、俺はそいつの顔をまじまじと見たのだった。
男は、何も無かったように怪訝な顔つきをし、俺を見返していた。



詩を書く女は、美人に見える。
俺は、そう思っていた。
ただ単に、そう思っているだけで、妄想に近いものだ。
いや、純粋妄想だ・・・・・
路上で、自作の詩を売る女は、もっとカッコよくって美しい・・
夕焼けを背にして座り、詩を売る女がいたなら、感動してその場で倒れるかもしれない。
青春真っ只中の俺の妄想に歯止めは無いのだ・・・・

夕暮れ時。
岐阜駅に抜ける地下道に、詩を売る女がいた。
ちんまりとコンクリートの地べたに座り、ガリ版で印刷した手作りの詩集を売っていた。
何冊も並べられ、手元にはボール紙の箱の小銭入れがあった。
その中には、100円玉や10円玉が、数個入ってるだけだった。
端正な顔つきで化粧もせず、淋しそうな表情でうつむきかげんに座っていた。
「ああ・・ちょっと美人だ・・俺の好みかも・・」そう思った俺は、ちょっと話しかけてみることにした。

「この詩、あなたが書いてるんですか?」
おずおずと、そして丁寧に俺は尋ねたのだった。
「・・・ああ・・この詩ですか・・・そうです・・・」
少し鼻にかかったような声で、モゴモゴとその女は言った。

並べてある詩集らしき冊子は、ガリ版刷りで藁半紙を数枚ホッチキスで止めた粗雑なものだった。
自分の詩集なのか・・・・
1号とおぼしき物から15号くらいまでが並べてあった。
1冊ごとに題名が付いていた。

物好きな性分の俺は、またも、買うつもりで聞いてしまった。
「いくらで売ってるのですか?」
「300円くらいです・・・」
女は、迷ったような風に答えた。
何故300円!とハッキリ言わないのか分からない。
「じゃあ、300円でいいよね・・・」
俺は、そう言って300円を、その女に差し出した。
「どれでも、好きなの持ってって」
女は、ちょっと笑顔を見せ、並んでいる詩集を指差した。

俺は、どれでもいいので、適当に選んだ。
10ページくらいの薄い詩集だった。
粗雑だが、ガリ版の文字は綺麗に書かれてあった。

なにか、少女趣味的な可愛いような詩だった。
パラパラとページをめくり、少し詩を読みながら、俺は言った。
「良い詩ですね」
もちろん、お世辞であったが・・・
「ありがとう」
女は、気がなさそうに言った。
なんか、人生にヤル気がなさそうな雰囲気が、ムンムンしていたりする。
それが、また、カッコ良く思ったりした。

(路上詩人は、こうでなくってはいけないんだな!)
俺は、妙に納得していた。
このアンニュイな態度が、また彼女を美人に見せていたりするのだ。

「どこから来たのですか?」
俺は、彼女に興味があったので、世間話などしてみた。
「東京からよ・・・」
そう投げやりに言う言い方が、またサマになってるよ・・・・
「旅をしながら、詩集売ってるんですね」
俺は、ちょっと憧れながら言ってみた。
「そんな・・・感じかな・・・」
女は言う。
(いいよ・・いいよねぇ・・・そんな投げやりな話し方・・・)

色々話してると、女は寺山修司の所に居候していたこともあると言う。
ますますカッコいいではないかっ・・・!
絵に描いたような、路上詩人だ!
しかも、美人だ・・・・
なんだか、俺の妄想が肥大し、話題のスターと話してる気分になってしまった。

「明日も、ここに居るんですか・・?」
俺は訊ねてみたのだ・・・
「たぶんね・・・・」
女は、やはり、ヤル気なさそうに言ってくれた。

その日は、妙に興奮したまま、俺は家に帰った。



次の日、女は、まだそこに居た。
詩集を並べ、うつむき加減で、冷たい路上にうずくまるように座っていた。
しかし・・・隣には男が座っていた。
むさくるしい感じの男で、長髪で髭をたくわえ、赤ら顔をしていた。
髭に長さからすると、数年は剃ってない感じだ。
見るからに、ヒッピーとかフーテンとか、そんな雰囲気満点だった。
男からは、汗臭い匂いを周りに発散していた。

「あっ・・昨日の高校生・・・」
女の方が、俺を見つけた。
「あ・・こんにちは・・・」
俺は、隣の無才男を気にしながら言った。
「こんにちは」
フーテン男の方も、こちらに向かって挨拶した。
俺も、、その男に軽く会釈をした。

「昨日は、僕の詩集を買ってくれて有り難う!」
男は、笑顔で俺に言ったのだった。
「・・・どういたしまして・・・」
俺は、内心動揺していた・・・・
(えっ・・??あの詩は、女が書いたのではないのか??)
あの可愛い少女のような詩を、この髭面の男が書いているのか・・・・

俺の中の、憧れと妄想が、ガタガタと崩れてゆくがわかる・・・

「もう1冊、200円で良いよ、どう?」
男が言った。
「今日は、金持ってないから、やめとくよ!」
俺は、言った・・・・・

明るい光に照らされた女の顔は、そんなに美人でもなく、アンニュイでもなかった。
髪の毛は汚れて、肌も荒れていた。
目じりの皺も多い感じがした。
風呂にも、何日も入っていないのだろうか・・・
女からは、なんだか汗と安いタバコの臭い匂いもしてくるのだった。

投げやりでアンニュイな雰囲気もない。
なんだか、妙に元気だった!
昨日は、ただ疲れていただけなんだろう。
彼女を包んでいた神秘的なオーラは、どこかに吹っ飛んでいた。
それは、ただの不潔そうな女でしかなかった・・・・

1970年の頃。
岐阜の街は、ほとんどが平和に満ちていたが・・・・
絵を売る男たちや、詩を売る女たちは、けっこういい加減な奴らだった

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