風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その2 
避難所に メディスンマンの光は揺れて



あまりにも悲惨なステージの状況を見ていると、我々もここにこうして馬鹿みたいに物見胡散で会場を見学しているのも危険に思われた。
暴風にあおられて、テントがクルクルと玩具のように回転しながら我々の車に向かって飛んでくる。
誰かがさっきまで差していた傘であろうか、吹き上げられた風に捕まって、カラスのように天高く舞い上がり、アッというまに見えなくなってしまった。
有無を言わさず、危険であった。
そんな能天気に台風を見学している我々にむかって、スタッフであろう髯面の男が後ろから声をかけてきた。
「こんな所に居たら危険ですよ!非難してください!」
「ああ・・はいっ、わかりました、今すぐ非難します。」
危険を促す男に向かって、大きな声で俺は答えたが、その言葉さえ遥か彼方に吹き飛ばされたようだった。

髯の男は、乗ってきた派手な黄色の軽のバンに乗り込むと、自分についてくるように叫んだ。
その黄色のバンの後ろについて、我々の軽バンは避難を始めた。
轟々と容赦なく吹きすさぶ暴風雨は、巨大な怪獣を髣髴させ、人間の無力さを思い知らしているようだった。
我々ピースアイランドの車は、多くの絵本を積んでいるせいだろうか、強風に煽られても少し揺れる程度で、転倒する危険性は少ないように思われた。
しかし、我々の前を先導するスタッフの黄色のバンは、そうでもないようだ。
時折吹く、想像以上の強風にあおられ、グラッと車体が揺られて、今にも転倒しそうだ。
数度の強風が連続して吹き荒れた瞬間、、グラリと揺れたかと思うと、右側のタイヤが地面から離れ、黄色の車体がストップモーションでも見るかのように、あっけなく転倒した。
「ああああ・・・・・!」
そう叫ぶ暇もなく、我々は車を止め、髯男の救出に向かった。

黄色の車体の側面はグニャリとへこみ、フロントガラスには蜘蛛の巣のような模様のヒビが入っている。
激しい雨と風が、容赦なく我々を攻撃し、ずぶ濡れだった。
「おーい!大丈夫か?」
俺は、恐る恐る車の中を見た。
呆然となった髯男が、ハンドルを握ったまま、横倒しになっている。
「おーい!」そう叫びながら、ヒビだらけになったフロントガラスを手で叩いてみた。
男は、ハッと気を取り戻したように、こちらを見た。
言葉も無くこちらを見、顔面蒼白になりながらシートベルトをはずしている。
俺は横倒しになったドアを、強風に煽られながらも何とか開き、彼の腕を掴んで引っ張り上げた。
大雨が小さな石飛礫のように顔に当たり、目を開いているのがやっとだった。
「大丈夫か?」俺と中上さんは、髯男に向かって大声で叫んだ。
「だ、大丈夫だ・・なんとか・・・」そう言う男の額には、小さな擦り傷が出来ていた。
3人ともアドレナリンが大量に放出され、異常に興奮し、冷たさや痛みさえ感じていない。

男を転倒した車から救いだすと、急いで我々はピースアイランドの軽バンの中へと避難した。
そして車の中へ入り、ずぶ濡れになった顔を拭きながら気を落ち着かせた。
「・・・ありがとう・・・」髯男は、蒼白な顔に少しだけ血の気を呼び戻しながら言った。
「ああ・・危なかったな・・・」中上さんが答えたが、俺は無言のまま少し笑った。
頬に赤みが差してきた頃、男は車の中を見回しながら言った。
「ものすごい量の絵本ですね!」
「岐阜の高山で、絵本屋をやっているんです」中上さんが答えている。
「ああ?ひょっとしてピースアイランド?ガンノスケさんのお友達ですね?」
髯の男は、主催者のガンノスケの知人であるようだった。
「それにしても、すごい絵本の山ですね・・・」また本の山をまじまじと見ながら驚嘆してように髯男は言った。
「この絵本の重さで車が倒れなかったのかもな・・」俺は笑って言って見せた。
「そうかもしれない」といった表情で、2人は笑っていた。


少し落ち着き、風も弱くなってきたので、我々は急いで避難場所へ車を走らせた。
男に案内してもらった避難場所は、大山の麓にある鄙びた小学校の体育館だった。
小さな体育館とはいえ、今の我々にとっては宮殿のような避難場所である。
先に避難している人々が大勢たむろしていて、さしずめ難民キャンプのような様相を醸し出している。
ある意味、我々も嵐からの隠れ場所を求める難民なのかもしれない。
金に余裕のある奴は、近所のペンションや旅館に避難したらしいが、我々のような貧乏人は体育館が分相応というものであろうか。

有難いことに、体育館の入り口では、おにぎりとパンを配っていた。
避難場所としては、至れり尽くせりと言うべきだろう。
体育館上空の空は暗雲垂れ込め、今だに台風の猛威にさらされたままだった。
ゴーゴーと呻る風は、体育館の中にも響いて不安な気分にさせる。
ずぶ濡れになった台風難民達が、館内に散らばったように座り、体や顔を拭いている。
日本人ばかりではなく、アメリカ人や国籍不明の人々、所々に混じっているようだ。
中には羽飾りを着けたネイティブ・アメリカンの衣装をまとった人達もいた。



外はしだいに黄昏て、体育館の中は暗くなり、隣の人の顔も判別できない。
「電気がきていないので、ローソクを使ってください!」
スタッフであろう人が大声で叫び名が、ローソクを配っている。
配られたローソクが、あちこちで点灯し、大聖堂のように荘厳な雰囲気を醸し出している。
その光景は、嵐からの隠れ場所に似つかわしい。
俺と中上さんも配られたローソクに灯を灯し、一段落した気分になった。
真っ暗な体育館に点々と灯されたローソクの灯を見ていると、何か祈りの儀式でも行っているかのような雰囲気に見えた。
ゴーッと体育館の壁に吹き付ける風も、少しづつ弱くなってきたいるようだ。
疲れているのだろう、避難した台風難民の話し声もまばらで少ない。

ゆらゆら揺れるローソクの炎を見つめていると、昔の出来事や未来の希望が見え隠れする。
ローソクの炎に照らされ、薄ぼんやりと見える中上さんや体育館の天井を見つめていると、今ここに居合わせた人達が、前世からの友人でもあるかにように錯覚してしまう。
台風の中の体育館は、ローソクが無ければ宇宙空間に漂っているといってもよいほどの暗闇だ。
ローソクの灯火は、我々の太古の遺伝子の記憶さえ呼び覚まさせるかもしれないと思う。

唐突に、ネイティブ・アメリカンの太鼓の音が体育館に鳴り轟き、無口になった人達をハッとさせた。
ドコドコドコ・・・・ドンドンドンドン・・・・・・
心の奥底に響くような音色だった。
そして、祈りの歌が響き渡った。

スタッフが皆に呼びかけている。
「メディスンマンのロバートさんが、我々の旅と我々の未来を祈ってくれるそうです。」
「皆さん!ローソクを消してください!」
そう言われるがまま、我々はゆらゆらと揺れるローソクに息を吹きかけ、フッと炎を消した。
周りは漆黒の闇が訪れ、自分の手の爪さえ見ることが出来ない。

大小のドラムの音が鳴り、メディスンマンの祈りが始まった。
真っ暗の闇のなか、音だけが動物のように動き回っているようだった。
時折、蛍のような緑色の光が体育館の上空を飛びまわっていた。
しかし蛍の光ではない、まるで線香花火がパチパチとはじけるような緑の光だった。
あれはいったいなんだったんだろう・・・・
ネイティブ・アメリカンの祈りの儀式には、不思議な現象がつき物だと言う。
あれも、その現象の1つだったのか?
今は、深く考えるのは止めよう、この祈りの瞬間に浸っていよう・・・そう俺は思った。

数十分のメディスンマンの祈りが続いた。
意味も無く安らいだ気分だった。
知らない間に風がやんでいた。
知らない間に、台風は過ぎ去ったようだった。
この僅かな間の平和を、神に感謝したい気持ちになっていた。

我々は、そんな気持ちのまま外に出た。
オゾンで満たされた空気は、命と心を蘇えらせてくれる。
台風一過の夜空は、銀河の星々が燦然と輝き、我々が宇宙の一員であることを教えてくれているようだった。

風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その3へ続く
TOP
昭和青春画報
怪人夜話
戯言エッセイ
LINK
TOP 昭和青春画報 怪人夜話 エッセイ LINK