風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その5
砂丘の海に パンツよ さらば!




昨日知り合ったばかりの友だというのに、別れはなんだか寂しい。
19号台風で体育館に避難した時に知り合った友。
皆生温泉や麓の森の中で、一緒に歌を歌った友。
同じ19号台風の風に吹かれて大山山麓に偶然に集まり、同じ時間を過ごした友達。
コンサートは終わったが、妙に後ろ髪引かれる思いで一杯になっていく。

中上さんは、主催者のガンノスケと、別れを惜しんで抱き合っている。
俺も、この3日間で知り合った、あいつやこいつと、固い握手を交わしていた。
「また、どこかで会おう!」
「またなっ!」
「それじゃ!」
多くを語る言葉はないが、別れの物悲しい気分は皆一緒だろう。
握手をした手には「この人に幸あれ」と、心から願うヴァイブレーションが伝わっただろうか。
ただ今は、別れ行く良き人達の明日に、幸多かれと願うばかりである。

大山のコンサート会場の駐車場からは、日本中から来たであろう人々が、岐路につくために車を発車させている。
少し軽くなったピースアイランドの軽バンのギアを入れ、俺はアクセルを踏んだ。
ガタンガタンと揺れながら、我々は一路岐阜へと帰途につく予定であるが、我々の事である、どうなるか判らない。

夢のような3日間だったと思うが、過ぎ去った時間は現実でも夢でもたいして変わりは無いと思える。
グルグルと山道を下りてゆく車の窓からは、19号台風の爪痕といってもよい光景が、そこここに見受けられた。
倒れた松の木、泥だらけになって潰され折れた看板、高い木の上に引っかかった紙屑・・・・・かなり勢力の強い台風のようだった。
そんな台風の中、軽のバンを何時間も走らせて旅をするだの無謀という他はないのだが、その無謀さに快感を憶えてしまうのも青春の嗜好性である。



海沿いを軽快に走って行くと「ハワイ」の文字が目に付いた。
一昔前の純喫茶のような風情の「喫茶ハワイ」、木造の白いペンキも剥げ落ちた「ビリヤード・ハワイ」、懐かしい赤と青と白の看板の螺旋の円筒がクルクル回る「バーバー・ハワイ」。
「ここは、ハワイか?」俺は笑いながら言った。
「ワイキキが見えるかもな!」中上さんは、笑いながら答えた。
そんな昭和的風景の中を、しばらく走ると大きなアーチ状の門が目に入った。
『歓迎!羽合温泉へようこそ!』
そこは「羽合」と漢字で書く、紛れも無く正真正銘の日本の温泉郷だった。

「温泉・・行くか?」
「う〜ん・・・どうしよう・・」
「時間が無いしなぁ・・・」
などと言ってるうちに、通り過ぎてしまった。
心残りな温泉だった。



そんなこんなで、また車を走らせると、「ようこそ鳥取砂丘へ!」の看板が目にはいった。
ここまで来て観光しないで帰るのも口惜しい、ということで鳥取の砂丘に拠ることになった
駐車場に車を止め、海を眺めようと、広大な砂の高原とでも言うべき平坦な砂丘を進んでいった。
だらだら歩いていくと、海岸近くには砂が風で集められ、小高い山のようになっていた。
そこには、見慣れた顔が数人見受けられ、相手も手を振りながら、こちらに向かって何か叫んでいる。

「お〜〜〜いっ!」
「お〜〜いっ!」
こちらも他を振りながら答えた。
「やっぱり、来たんやね!」陶芸家の大沼なんが、砂の山の上で笑っている。
その隣は、三流ミュージシャンの横井君と真野君が笑っていた。
周りには、見た顔が数人、こちらを見て笑っている。
「誰でも、考える事は同じってことか」俺は、笑いながら独り言のように呟いた。

小高い砂の山から見る日本海は真っ青で、空と海とが世界を2分割でもしている感じだった。
風が強く、この風が砂をここに集めて砂丘を作っているのだ、という事を実感させてくれた。
沖には、鯨のような形をした小さな島も見える。

「泳ぎてぇ〜!」大沼さんが大声で叫ぶと、いきなり海の方へ走っていった。
それに釣られて、我々全員が小高い砂の山を駆け下りていったのだった。
小高い山とはいえ、10メートルちかくはあるので、走るというより殆んど滑り落ちるといった感じだった。
サラサラと砂とともに滑り落ちる感覚は、あそこでしか味わえない快感だ。

砂の山を駆け下り、あっという間に大沼さんは素っ裸になり、ザブンと海の中にダイビングした。
続けて数人が服を脱ぎ散らかし、綺麗でもないお尻を丸出しにして、ザブリと海に入っていった。
中上さんも、いつの間にか素っ裸になり、海の中で泳いでいる。
「では、俺も・・」という訳で、俺もTシャツを脱ぎ、ジーパンを脱ぎ、パンツを脱ごうと思った。
が、しかし、人に自慢できような裸体ではないので、パンツだけは穿いて海に入っていった。

台風の影響がまだ有るのか、あるいは、いつもこのように波が高いのか分からないが、鳥取砂丘の海の波は高い波が押し寄せては返している。
観光客が少ないのでよいが、きっと素っ裸での海水浴は禁止であろう、いや、ここの砂丘で泳ぐこと自体が禁止だったかもしれない。
しかし、もう勢いで泳いでしまっているので、誰も止めようもない。
やはり台風の影響があるのだろう、時折大きな波が不規則に押し寄せてくる。

不意に、背の丈より大きな波が連続して俺の所に襲ってきた
「あぅ・・・!!」俺は、波に揉まれながら、顔を波の上の出し息をした
瞬間、不意打ちの波に顔を強く打たれ、掛けていたサングラスが波に浚われてしまった
「ああ・・サングラスは・・どこ・・?」といった感じに動揺したが、素早く海に潜り、眼鏡を捜した。
運良く、水中で目を見開いた方向に、眼鏡が水母のようにプカプカと沈みかけているのが目に入った。
俺は、とっさに眼鏡に手をやり、しっかり眼鏡のフレームを掴んだ。
その瞬間に、また立て続けに大きく強い波が、俺に襲い掛かった。
一瞬、体全体が波に飲まれ、水中で1回転してしまった。

「ゲッ・・!」俺は、海水をしこたま飲み込んで口の中が塩分で鹹くてしょうがない。
「死ぬかと思った」そう呟いている俺の下半身が、妙に軽い。
ハッとして、下に目をやると、案の定パンツが無いのである。
当然のことながら、遊泳用の海水パンツのゴムより、通常のパンツのゴムは緩く出来ている。
普通のパンツのゴムは、水中の浮力や圧力には無力で弱いのだ。
眼鏡は助かった、がしかし、不運にもパンツは波に浚われ、波に揺られ、どこか見知らぬ遠き島にでも辿りつくことだろう。
結局、全裸になってしまったので、最初から素っ裸であればよかったのだと、俺は強く思った。
時に羞恥心は、予測もつかない事態を引き起こすようだ。

それから、しばらく海水浴を続け、海から這い出て、そのまま服を着て、砂の山を登った。
砂の山の上りは、砂に足を取られ、登りにくいこと甚だしい。
歩行の地面を押す力が、砂に吸い取られ、通常の2倍ほどの体力を消耗するようだ。
10メートル近くの砂山を、やっとのことで登りきり、俺たちはさっきの駐車場までたどり着いた。

「ああ・・疲れたな・・」
「温泉でも行くか?」
「1時間もしない所に、湯村温泉があるで!」
「行こう!」「行こう!」
と話は決まり、数日前に寄った夢千代日記の湯村温泉に行くことになった。



夕暮れ時の湯村温泉は、鄙びて物悲しくて情緒たっぷりの風景だった。
川の近くの、コンクリートの柵で覆われた源泉には、卵や野菜が網の袋に入れられて茹でられていた。
その源泉からは、温泉の湯気がもうもうと空まで立ちこめ、そこいらにいる浴衣姿の温泉客の姿もゆらゆら揺れているように見えた。
黄昏て青くなった空に、街灯がポツリポツリと燈った情景は映画の中の一場面のようだ。

我々は、砂丘の海水浴で疲れた身体を、丸い円形の湯船に浸し、「ぶふぁぁ・・・」と、またもや心地よい溜息を吐いた。
熱めの湯には、そんなに長くは浸かっていられない。
十数分もすると、皆、真っ赤な顔をして、温泉から出てきたのだった。
もう、湯村温泉浴場から出てきた時には、空は夜空で無数の星星が点滅し、山中の清浄な空気で満たされていた。



数時間も走り続けると、もう中部地方の懐かしい匂いがしてくる。
大山へ行った時とは大違いに満天の星空が、湯村温泉から岐阜までズッと続いていた。
途中まで一緒に走ってきた、大沼さんが途中で瑞浪方面へ抜け、横井君や真野君も名古屋方面へと分かれていった。
我が家へ到着した時は、もう真夜中となっていた。
軽バンの側面に描かれたウサギとペンギンも、ほっと安堵の表情を浮かべているように見える。
真夜中の星空の下、そのウサギとペンギンに「サンキュー!」と呟いていた。

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