風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その1 
風ニモ負ケズ 青春が?行く!



1990年岐阜の町は、台風19号に襲撃されようとしていた。
岐阜県のみならず、日本全土が19号台風に飲み込まれる前日であった。

しかも1990年といえば、昭和ではなく平成である。
昭和青春画報には似つかわしくない事はなはだしい!
岐阜県に「平成(へなり)」という地名があったが、市町村合併の嵐の吹きすさぶ真っ只中、まだ存在しているのであろうか?
「渡る世間は鬼ばかり」は「へなりかずき」であったか?「えなりかずき」であったか?・・・・・

・・・・んな事はどうでもよいのだ!
話というものは、それるというのが人生の常というものである。
1990年夏、鳥取の大山(だいせん)の麓で大規模なコンサートが開催されようとしていた。
コンサートの名は「いのちのまつり」と呼ばれていた。
ヒッピーもどきの連中が大量に押し寄せ、三日三晩踊り明かすという荒唐無稽で非常識なお祭りコンサートだった。。
俺は、飛騨高山で絵本専門店を経営している中上さんと、そのコンサートへ急遽行くことになってしまった。
深夜に高速道路をぶっ飛ばして、次の日には大山に到着しようという算段だった。

その日の深夜に中上さんは、俺の家にやってきた。
軽自動車のバンの横には、「子供の本屋・ピースアイランド」とロゴが書いてある。
両脇には、ウサギとペンギンの絵が呑気そうに踊っている。
荷台には、信じられない程の大量の絵本の山が積んであった。
後になって、この大量の絵本が我々の命を救うことになろうとは、まだ知る由もない。

それから俺は、その軽バンのハンドルを握り、名神高速道路をぶっ飛ばしたのだった。
まだ台風19号は上陸はしていないが、風は徐々に強くなっているようだった。
少しばかり強い風の中、我々のボロい軽バンは大量の絵本を積載したまま、一路鳥取の大山へと向かった。

高速道路には行きかう車も少なく、雨粒が道路に跳ね返り、霧のように道を曇らせている。
風雨の強さが、しだいに台風の接近を感じさせるようだ。
フロントガラスに当たる雨粒が、しだいに大粒になってくるのがわかる。
ヒューヒューと、密室の自動車の中でも、外の風の音が聞こえてくる。

米原にさしかかったころ、中上さんが独り言のように言った。
「太平洋側は、風は大丈夫やろうか・・?」
俺も、独り言のようにつぶやいた。
「暴風雨かもな・・・・」
そう言った瞬間に、俺は北陸自動車道の方角へハンドルを切った。
我らのボロ軽バンは方向を変え、名神高速道路から北陸自動車道へと走っていくのだった。

案の定、日本海側の雨風は、まだ強くなかった。
ヒューヒューと風の音はしていたが、まだまだ台風の影響は少なかった。
誰も居ない道路を深夜に走らすのは、寂しさと爽快さがミックスされ、奇妙で不思議な気分にさせられる。
ましてや、見知らぬ土地を深夜に走るのは、不気味ささえ加味されエキサイティングであった。

遠くに見える家の明かりは、深夜放送を聴きながら受験勉強をする高校生でも居る、家の明かりだろうか。
あるいは、さっき息を引き取った身内を見取りながら、泣き崩れる人々がいる家の明かりであろうか。
深夜の暗闇の中に描かれた妄想や空想が、切なさや寂しさを引き連れてくるようだった。

時折、ヘッドライトに映し出される木々が、風に揺られて妖怪のように見える瞬間がある。
いや、あれは風に揺れる木々ではなく、本当の妖怪だったかもしれない・・・
見知らぬ土地の暗闇には、見知らぬ精霊が宿っているかもしれない。

休むこともなく見知らぬ日本海の道を走る我々は、何かの道を究める求道者のようだった。
カセットテープから流れる音楽も、なんだか祈りの言葉のように聞こえた。
何のためにここまでやって来たのだろう・・・そこまでして、それを成す意味があるのだろうか?
意味は無い!
価値もない!
無駄でさえある!
そうだ、それが青春というもんだ・・・しかし、我々の年齢は、すでに青春という時期を過ぎて久しい。
だが、しかし、それでもやっぱり青春と呼んでしまおう!
誰にはばかることもなく・・・!

我々は、ボブ・ディランの「風に吹かれて」を大声で歌っていた。

The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.


こんな歳になってしまっても、まだ風の中の答えを見つけ出せないでいるのか。
「完結されない寓話、完成できないファンタジー、それが青春というものなのか?」と、朝日に向かって叫びたい、呆れて物も言えないくらい良い気分だった。



東の空が、薄っすらと明るくなってきた。
朝焼けの神々しい光が空全体を覆い、町や木々や道をヴァーミリオン照らし出していく。
すべての過去が新しい価値観に更新され、開放された心が希望に満ち溢れる瞬間である。
・・・となれば最高なんだが、しかし、それはなんというか台風が接近中の天候である。
雨交じりの曇った空が、じみじみと白みかけ、じみじみと明けてゆくばかりの地味な朝だった。

心洗われる朝焼けでも拝めたなら疲労も吹っ飛ぶものを、こんな朝では疲労感が重くのしかかるだけだった。
信号無視はする、法定速度は守らない、超ハードなドライブだったため肉体疲労がピークに達していた。
嵐からの隠れ場所でもないものかと考え、地図を広げた。
当然、それは温泉を探している他に考えられない。
山陰海岸から山間部に向かい、我々は湯村温泉へ行くことに決定した。

湯村温泉といえば、あの、死ぬ死ぬと言いながらチットモ死なかった吉永小百合・主演の「夢千代日記」の舞台となった温泉である。
風情のある簡素な温泉街であり、どこか懐かしささえ感じる町並みだった。
銭湯のような薬師湯の前では朝市が開かれ、我々は胡瓜と茄子とトマトを買った。
薬師湯の温泉の湯は熱く、疲れが温泉の湯とともに流れていくよな心地よさだった。
こんな時こんな温泉に入ったならば、日本人なら必ず「ぷふぁぁ〜!」と叫んでしまうものだ。
「ぷふぁぁぁ〜〜・・」我々も当然のことながら、心地よいため息をついていた。

若いという字は苦しい字に、似てはいない!むしろ楽しいと言う字に似てほしいものである。
温泉で体力を回復した我々は、一路鳥取の大山へと車を走らせたのだ。
鳥取の砂丘を右に見ながら、ルート9号線をひたすら走っていく我々の目に映し出されたのは、果てしなく広がるラッキョウ畑だった。
細い葱のような葉が一直線に何列も続くラッキョウ畑に、我々は人類の明るい未来を感じたものだ・・・って、こんな時そんな事考えるわけもない。

なんだかんだと言っている間に、まるで富士山のように均整のとれた大山の稜線が目に入った。
台風も徐々に接近し、風が勢いよく通り抜ける道路には行き交う車もまばらであったが、大山の雄大なフォルムを目にした時、ちょっとばかり安堵の気持ちが湧き上がってきた。
しかし、雨も次第に大粒になり、激しく容赦なく横殴りに降ってくる。
ヒューヒューと呻っていた風も、ゴーゴーという塊のような風圧を感じさせる風に変化していた。
時折、突風のような風の塊に、ボロ軽バンがユラッと揺れる。

「おお!すげーな!」
揺れる車を感じながら、中上さんが言った。
「こんなんで、本当にコンサートやっとるんかい?」
俺は、半信半疑で言ったのだった。

突風の影響で、瀕死の馬のように走る我らの軽バンは、大山の山道を、あまり軽快とも言えないスピードで走っていく。
両脇の森の木が、苦しく呻っているようだった。
大量の雨粒の攻撃で、フロントガラスも滝のようになってしまって、前もよく見えない。

岐阜ナンバーの、のろのろ走る我々のスピードに苛立ったのか、赤い洒落たスポーツタイプの車が、勢いよく我らの軽バンを追い抜いていった。
そして、すぐさま視界の悪い強風の中に消え去っていった。
台風のような風圧の強い風は雨を伴なって、自らの風の形態を人間の目にも見えるようにしてくれる。
雨粒が風にへばり付き、風の行方が目に見えるのだ。
渦巻く風雨は、まるで怒れる龍のように森と森の間を飛び去ってゆく。
我々人間は成すすべも無く、そんな自然の猛威をただただ眺める他に手はない。
そんわけで我々岐阜県民2人は、しばらくの間、ボロ軽バンを停止させ、少しでも風がゆるくなるのを待った。

大山の山麓は迷路のようで、地図を見てもサッパリ判らなかった。
大きな道路を主に、細い道が毛細血管のように、あちらこちらに張り巡らされているようだ。
松林が多く、松茸でも取れそうな風景が山頂付近まで続く。
仮眠を取りながら、1時間以上待ったが、そんなに風雨はゆるくはならなかった。
「仕方がないな、行くか?」の中上さんの一言で、意を決して山頂近くのコンサート会場へおもむく事に相成った。

ぐるぐる山道を走っていくのは妙に心細い、ましてや台風のさなか、いったい何を好き好んでこんな事やってるのか、そう自問自答したくもなる状況である。
林と林の間の細い道を走り抜ける瞬間、赤いスポーツカーが道からはみ出し、横転しているのがチラリと見えてしまった。
「あっ!あれさっき追い抜いていった車じゃねーの!?」
中上さんが、後ろを振り返りながら、俺に言った。
「おお!そんな感じやったぞ!」
たぶん、強い突風にあおられ転倒してのだろう。

「助けるべきかな・・?」
「いや、やめとこう!」
「血まみれの死体だったら嫌だしなっ!」
「首とか千切れてたりとかなっ!」
「内臓破裂で、車の中がグチャグチャとかな・・・」
などと妄想を脹らませながら走っていたので、転倒した車など陰も形も見えない遠くへ走ってきている。
「まぁ、見に行くのは無理だな・・」と、結局ほったらかしにすることに決定した。
この強風のさなかである、二次災害ということにもなりかねない状況でもあった。


我々の車は、細い曲がりくねった山道を登りながら、雨にも負けず突風に吹き飛ばされることもなく、コンサート会場の駐車場に到着した。
こんな暴風のなか、ヒッピー風な人やそうでもない人々が大勢たむろしている。
もう夕方近くになってしまっていた。
妙に皆ざわついていて、コンサートをやってるような気配もないようだ。
車に書いてある「ピースアイランド」の名前を見て、中上さんの知り合いらしき人物が声をかけてきた。
今回のコンサートの主催者のガンノスケである。
「今着いたんですか?」
「昨日の夜出発して、さっき着いた!」中上さんは答えた。
皆がざわついているのが気になって、男れは聞いてみた。
「コンサートは中断してます・・」
この暴雨風雨にの悪天候である、当然であるといえば当然であった。
それにしても、この大勢の人々はどうしてしまったというのであろう。
「今、避難場所を確保しようと、どこか探してるので、もうちょっと待って・・。」
ガンノスケは、あわてた様子でそう言って、どこかへ消えていった。

この群集と言べきか避難民というべきか、どうも台風の影響でどこかへ非難している途中のようであった。
しかし、避難場所も確保できない状況のようで、皆どこにも行けず右往左往しているのだった。
「やっぱなぁ・・・」俺はつぶやいてしまっていた。
「この暴雨風雨の中、コンサートは無理やって・・・・!!」
そう言いながらコンサート会場を、風雨吹き荒ぶ中、2人は会場を見に行ったのだった。

ゴォー!!っと地響きをたてながら、広いコンサート会場を飲みこみ暴風雨がのた打ち回っていた。
2人は「アッ!」と驚いたのだった。
舞台にセッティングされたテントは吹き飛ばされ、支柱となる鉄柱は雨細工のようにグニャグニャに折れ曲がって、見るも無残なステージの有様だった。
台風19号は、そんな事など容赦なく、雨と風を引きつれ大山の上空を荒れ狂っていたのだった。

風に吹かれて嵐を呼ぶ本屋 その2へ続く
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